鎌倉
Kamakura鎌倉時代(1185 – 1333)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
鑁阿寺本堂は栃木県足利市家富町にある真言宗の仏堂。弘安10年の落雷で焼損した堂を足利貞氏が正安元年(1299年)に再建した。密教本堂の平面を保ちながら内外に禅宗様の詰組を用い、外来様式の受容を示す遺構として平成25年に国宝指定。
栃木県足利市・光得寺が所蔵する厨子入木造大日如来坐像は、足利源氏の祖・足利義兼が晩年自ら背負って巡歴したと伝わる、像高約32センチの小さくも荘厳な金剛界大日如来像です。X線調査で運慶作品と共通する納入品が確認され、運慶またはその慶派工房による鎌倉時代初期の作と考えられ、昭和63年に国の重要文化財に指定されました。円筒形の厨子内には三十六躯の仏菩薩像が配され、金剛界曼荼羅の小宇宙を成しています。現在は東京国立博物館に寄託されており、特別展示の折に拝観の機会があります。
栃木県宇都宮市の大谷寺に伝わる「大谷磨崖仏」は、自然の岩窟の壁面に4組10体の仏像が彫り出された、日本を代表する磨崖仏です。本尊の千手観音をはじめ、釈迦・薬師・阿弥陀の三尊像が並び、特別史跡と重要文化財の二重指定を日本で初めて受けた極めて貴重な文化財として知られています。
宇陀市菟田野の宇太水分神社本殿は、第一殿の棟木に元応2年(1320年)の上棟銘が残る国宝3棟。同じ大きさの一間社隅木入春日造が並び、出組の組物や各面の彫刻入り蟇股で飾られる。第二殿の室町期の改修や瑞垣内拝観も紹介。
奈良市忍辱山町の圓成寺本堂の東、石垣の上に並ぶ同形同寸の鎮守社2棟。春日造の最古の遺構とされ、昭和28年(1953年)に国宝に指定された。寺は1228年に春日社の旧社殿を拝領したと伝え、修理の棟札6枚も附として残る。
奈良市忍辱山町の圓成寺境内、春日堂・白山堂のすぐ東隣に覆屋で守られて建つ鎌倉時代後期の社殿。一間社春日造で向拝を唐破風とし、奈良県内最古級の例とされる。昭和27年(1952年)に重要文化財に指定された。
奈良市忍辱山町、圓成寺の西南約200メートルの共同墓地に立つ鎌倉時代後期の石造五輪塔。地輪に元亨元年(1321年)と一結衆の銘があり、奈良県内で最古の紀年銘を持つ。高さ約2.34メートル、昭和32年(1957年)に重要文化財指定。
生駒市有里町の圓福寺境内に並ぶ鎌倉時代後期の石造宝篋印塔2基。1基に永仁元年(1293年)の銘と金剛界四仏の梵字、もう1基に四方仏と蓮弁の彫刻がある。高さはともに約2.4メートル。昭和30年(1955年)に重要文化財指定。
元興寺極楽坊禅室は僧坊・東室南階大房の4房分を伝える鎌倉時代前期の建物で、1953年に国宝に指定。板扉と連子窓が4回くり返す正面、南北で大きさの違う窓、古い瓦の残る屋根を解説し、是心会での堂内利用も紹介する。
元興寺極楽坊東門は鎌倉時代後期の四脚門で、1952年に重要文化財に指定。応永年間に東大寺西南院から移され、元興寺が東を向く中世寺院へ変わる契機となった。本柱と控柱の6本の柱、切妻の本瓦屋根の見方を解説する。
元興寺極楽坊本堂は寛元2年(1244年)再建、1955年国宝の極楽堂。僧坊3房分を寄棟造・妻入の堂に改め、内陣に奈良時代の部材を残す。東向きの正面、柱に刻まれた1171年の念仏の銘、飛鳥時代の瓦の見方を解説。
奈良県広陵町の百濟寺三重塔は、明治39年指定の重要文化財。鎌倉後期の三間三重塔婆、本瓦葺で高さ約23メートル。初層の板唐戸と盲連子、延宝3年の相輪、百済大寺伝承の検証、二週間前申込制の内部見学までを解説する。
興福寺三重塔は奈良市登大路町の興福寺にある鎌倉時代前期の三重塔で、国宝。康治2年に皇嘉門院の御願で完成し、治承4年の兵火後まもなく再建された。木割の細い平安時代風の優美な姿で、初重の内部に千体仏を描く珍しい形式をもつ。
興福寺北円堂は奈良市登大路町の興福寺にある承元4年(1210年)の八角円堂で、国宝。養老5年に藤原不比等の一周忌に建てられた堂の再建で、創建時の平面を保ちつつ鎌倉時代前期の細部を見せ、三軒の軒や六角形断面の地垂木が珍しい。
新薬師寺地蔵堂は奈良市高畑町の新薬師寺にある文永3年の小さな仏堂で、大正6年に重要文化財に指定された。1間四方の平面に入母屋造本瓦葺の屋根を載せ、妻側を正面に向ける。堂内には鎌倉・南北朝・室町の3軀の像を祀り、本堂の手前左側に建つ。
新薬師寺鐘楼は奈良市高畑町の新薬師寺にある鎌倉時代前期の鐘楼で、明治31年に重要文化財に指定された。下層を白漆喰の袴腰で覆う珍しい形式で、上層には重要文化財の天平時代の梵鐘が吊られている。南門を入ってすぐ右手に建つ。
新薬師寺南門は奈良市高畑町の新薬師寺の表門で、鎌倉時代後期の四脚門。明治34年に重要文化財に指定された。乱石積の基壇に大きく面取りした柱が立ち、寺は鎌倉時代中期のどっしりとした威厳を持つ門と評価している。拝観者は必ずこの門から境内に入る。
新薬師寺東門は奈良市高畑町の新薬師寺の境内東側に建つ鎌倉時代前期の棟門で、大正6年に重要文化財に指定された。2本の本柱だけで屋根を支え、柱の上端を二つに割って板蟇股を挟む珍しい手法を見せる。出入口としては使われていない。
宗源寺四脚門(勧学院表門)は法隆寺の子院・宗源寺の門で、嘉禎3年(1237年)に建てられた国の重要文化財である。四脚門の形式、東院廻廊と同じ年という建立年の意味、山内の四脚門との見比べ方を詳しく解説する。
奈良県葛城市の當麻寺で金堂の北に並ぶ講堂。治承4年(1180年)に焼失し、120年余り後の乾元2年(1303年)に再建された。桁行7間の寄棟造で、明治32年(1899年)に重要文化財に指定。堂内には平安時代の仏像が並ぶ。