明治

Meiji

明治時代(1868 – 1912)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。

5,384 件 明治時代 1868 – 1912
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遠登志橋
愛媛県 明治
遠登志橋

愛媛県新居浜市の小女郎川渓谷に架かる遠登志橋は、明治38年(1905年)に別子銅山の生活道路兼坑水路橋として架けられた、日本最古級の鋼製スパンドレルブレースト単アーチ橋。ドイツ製鋼材を用い、橋長48メートル・支間37メートルを誇る貴重な近代産業遺産で、国の登録有形文化財に指定されています。深い渓谷に静かに佇むその姿は、日本の近代化を支えた山岳鉱山の記憶を、今も雄弁に語り続けています。

木村家住宅主屋
愛媛県 明治
木村家住宅主屋

愛媛県松山市三津一丁目の木村家住宅主屋は、明治14年に廻船業と船道具の店として建てられた間口四間半の町家。裏まで通る通り土間と箱階段、二階座敷の一間幅の神棚が残り、平成31年に登録有形文化財に登録された。

木村家住宅土蔵
愛媛県 明治
木村家住宅土蔵

松山市三津一丁目の木村家住宅土蔵は、敷地の東面の過半を占める土蔵造2階建。米蔵として建てられ、後に1階を洋風の板間に改めて海側に上げ下げ窓を三つ開いた。平成31年に登録有形文化財となった港町の蔵である。

木村家住宅風呂
愛媛県 明治
木村家住宅風呂

松山市三津一丁目の木村家住宅風呂は、主屋と土蔵の間に建つ木造平屋建。物置を大正3年に浴室へ改築し、内壁に蝙蝠紋と花菱紋の装飾タイルを張る。平成31年に登録有形文化財となった6.2平方メートルの小さな棟。

木屋旅館本館
愛媛県 明治
木屋旅館本館

愛媛県宇和島市の木屋旅館本館は、明治44年に商人宿として開業した木造二階建の旅館建築。二十メートルを超える間口に差物を通し、東西の客室は室ごとに座敷飾の意匠を違える。平成26年に国の登録有形文化財となった。

旧梅野商会主屋(砥部むかしのくらし館)
愛媛県 明治
旧梅野商会主屋(砥部むかしのくらし館)

愛媛県砥部町大南の旧梅野商会主屋は、明治38年(1905年)建築の砥部焼の店舗兼住居。梅山窯の名で知られる梅野精陶所の本社営業所として使われ、十畳座敷に琵琶床と付書院を残す。令和5年に登録有形文化財となった。

旧梅野商会蔵(砥部むかしのくらし館)
愛媛県 明治
旧梅野商会蔵(砥部むかしのくらし館)

愛媛県砥部町大南の旧梅野商会蔵は、明治38年(1905年)建築の土蔵造二階建。砥部焼の出荷倉庫として使われ、無柱のトラス小屋組と荷揚げ用の吹抜を備える。令和2年に移築され、令和5年に登録有形文化財となった。

旧佐野家住宅(商いと暮らし博物館)土蔵
愛媛県 明治
旧佐野家住宅(商いと暮らし博物館)土蔵

愛媛県内子町にある旧佐野家住宅の元酒蔵で、主屋の南西に坪庭を挟んで建つ土蔵造2階建。明治後期の建築ながら小屋組にトラスを用いず、2本の独立柱が受ける地棟に登梁を架ける古式を残す。令和6年に登録有形文化財となった。

旧下芳我家住宅主屋
愛媛県 明治
旧下芳我家住宅主屋

愛媛県内子町の旧下芳我家住宅主屋は、明治中期建築の商家。間口は約19メートルで、正面は白漆喰と鼠漆喰を塗り分け、千鳥破風に鶴の懸魚を下げる。平成19年に登録有形文化財となり、現在は蕎麦店として使われている。

旧端出場水力発電所
愛媛県 明治
旧端出場水力発電所

旧端出場水力発電所は、愛媛県新居浜市立川町にある明治45年竣工の別子銅山の煉瓦造の水力発電所で、平成23年に登録有形文化財となった。教会を思わせる外観の内部に、操業当初の発電機やペルトン水車が残る。

旧別子鉱山鉄道端出場隧道
愛媛県 明治
旧別子鉱山鉄道端出場隧道

愛媛県新居浜市の旧別子鉱山鉄道端出場隧道は明治26年築、延長93メートル、幅員3.0メートルの煉瓦造トンネル。馬蹄形断面で緩やかに湾曲し、坑門にピラスターと二面切仕上げの要石を置きます。観光列車で通過できます。

旧別子鉱山鉄道端出場鉄橋(足谷川鉄橋)
愛媛県 明治
旧別子鉱山鉄道端出場鉄橋(足谷川鉄橋)

愛媛県新居浜市の旧別子鉱山鉄道端出場鉄橋(足谷川鉄橋)は明治26年架橋、橋長39メートルの鋼製トラス橋。支間125フィートのボーストリング・ワーレントラスで下弦材はアイバー、格点はピン結合。観光列車で渡れます。

旧三崎精錬所焼窯
愛媛県 明治
旧三崎精錬所焼窯

愛媛県伊方町の宇和海に面した斜面に残る旧三崎精錬所焼窯は、明治中期の銅製錬に用いられた窯群である。青石を積んだ直径0.9メートルのアーチ焚口が並び、平成15年に登録有形文化財となった。私有地のため非公開。

旧村上家住宅主屋
愛媛県 明治
旧村上家住宅主屋

愛媛県大洲市の志保町通に西面する明治2年頃の町家。木蝋で財を成した村上家の主屋で、間口は約12メートル、深く張り出した出桁造の軒と2階南側の三間続き座敷を持つ。令和5年8月に登録有形文化財となった。建物の外観は通りから見学できる。

旧村上家住宅土蔵
愛媛県 明治
旧村上家住宅土蔵

愛媛県大洲市、木蝋商村上家の屋敷の裏手に建つ明治中期の蔵。肱川の浸水に備えて切石積の基礎で床を上げ、壁の腰を海鼠壁で固める。4棟で唯一「造形の規範となっているもの」の基準により、令和5年8月に登録有形文化財となった。

旧山根製錬所煙突
愛媛県 明治
旧山根製錬所煙突

愛媛県新居浜市の生子山頂に建つ旧山根製錬所煙突は、明治21年(1888年)築の高さ19メートルの煉瓦造煙突で、平成21年(2009年)に国の登録有形文化財に登録されました。別子銅山の歴史と「えんとつ山」の愛称で親しまれる景観、見どころとアクセスをご紹介します。

久保家住宅表門及び塀
愛媛県 明治
久保家住宅表門及び塀

愛媛県松山市道後湯之町、伊佐爾波神社参道に北面する医家の表構え。切妻造桟瓦葺の腕木門は間口3.5メートル、扉に金具を用いない。鼠漆喰腰板張の塀が総延長26メートル続く。令和5年に登録有形文化財となった。

久保家住宅主屋
愛媛県 明治
久保家住宅主屋

愛媛県松山市道後湯之町、伊佐爾波神社の参道に北面する明治期の医家住宅。寄棟造桟瓦葺の平屋で、むくり破風の玄関に鳳凰の懸魚を掲げ、その西隣に二畳台目の茶室を構える。令和5年に登録有形文化財となった。個人所有で非公開。

久保家住宅仕切門及び塀
愛媛県 明治
久保家住宅仕切門及び塀

愛媛県松山市道後湯之町、医家の屋敷の北側の庭を玄関側と座敷側に分ける門と塀。門は切妻造銅板一文字葺で間口1.8メートル、塀は総延長7.8メートル。令和5年に登録有形文化財となった。公道からは見えない。

久保家住宅待合
愛媛県 明治
久保家住宅待合

愛媛県松山市道後湯之町、伊佐爾波神社参道に面した医家の屋敷北西隅に建つ面積2.2平方メートルの腰掛待合。招屋根に杉皮の化粧屋根裏、軸部は節丸太で組む。表門と主屋茶室を飛石で結ぶ。令和5年に登録有形文化財となった。