昭和

Shōwa

昭和時代(1926 – 1989)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。

4,589 昭和時代 1926 – 1989
1,361 – 1,380 / 4,589 件
千光院本堂
徳島県 昭和前
千光院本堂

千光院本堂は徳島県阿波市土成町に建つ真言宗醍醐派の本堂で、令和4年(2022年)に国登録有形文化財に指定されました。切妻造本瓦葺の凛とした姿と、四国八十八ヶ所霊場の里として知られる周辺の魅力を紹介します。

高原ビル
徳島県 昭和前
高原ビル

徳島市東船場町に建つ高原ビルは、昭和7年(1932年)に竣工した鉄筋コンクリート造3階建ての洋風建築です。「名古屋をつくった建築家」鈴木禎次の設計によるスクラッチタイルの外壁とロマネスク風装飾が特徴で、1945年の徳島大空襲をドイツ製防火窓ガラスのおかげで生き延びた「戦禍の生き証人」として、平成9年に国の登録有形文化財に登録されています。

徳島県立城北高等学校人形会館
徳島県 昭和中
徳島県立城北高等学校人形会館

徳島市の城北高校にある人形会館は、昭和40年に建てられた本格的な芝居小屋。海鼠壁と朱塗の高欄が特徴で、二段の舞台や葡萄棚、升席を備え、昭和31年創設の民芸部が阿波人形浄瑠璃を受け継ぐ拠点となっている。

引地堂
徳島県 昭和前
引地堂

徳島県美馬郡つるぎ町貞光に建つ引地堂は、昭和3年(1928年)築の小堂で、端四国八十八箇所霊場の第36番札所として地域の信仰を伝えてきました。寄棟造桟瓦葺、正面一間を葺き下ろした向拝が特徴的で、平成29年に国の登録有形文化財に登録された山里の貴重な建築遺産です。

和田の屋本館下棟
徳島県 昭和中
和田の屋本館下棟

徳島市眉山の麓、大滝山に佇む和田の屋本館下棟は、昭和中期の木造建築を今に伝える国登録有形文化財です。天正13年から続く名物「滝のやき餅」の歴史と建築の魅力をご紹介します。

足尾銅山電話資料館(旧足尾銅山電話交換所)
栃木県 昭和中
足尾銅山電話資料館(旧足尾銅山電話交換所)

栃木県日光市の足尾銅山電話資料館(旧足尾銅山電話交換所)は、明治19年(1886年)に架設された国内初の民間私設電話の歴史を伝える貴重な建物です。昭和26年に間藤交換所の機能を移した木造平屋建で、足尾銅山に唯一現存する電話交換所として2016年に国の登録有形文化財に登録されました。手動交換機や歴代の電話機が展示され、近代日本の通信史をたどることができます。

織姫神社神楽殿
栃木県 昭和前
織姫神社神楽殿

足利市の織姫神社神楽殿は昭和12年建造、平成16年に登録有形文化財となった木造平屋建。桁行6.2メートル、低い亀腹に載り、一軒疎垂木と舟肘木、刎高欄を備える。設計は小林福太郎。境内は終日開放で拝観料は不要。

織姫神社社殿
栃木県 昭和前
織姫神社社殿

栃木県足利市の織姫山中腹に建つ織姫神社社殿は、1937年竣工の鉄筋コンクリート造神社建築で、2004年に国の登録有形文化財に登録されました。建築家・小林福太郎の設計による朱塗りの社殿は宇治の平等院鳳凰堂を模したとされ、「陸の竜宮城」と称される美しい姿が緑の山並みに映えます。1,200年以上の織物の歴史を持つ足利の産業守護神であり、縁結びの神社、恋人の聖地、日本夜景遺産としても人気のスポットです。

織姫神社社務所
栃木県 昭和前
織姫神社社務所

足利市の織姫神社社務所は昭和12年建造、平成16年に登録有形文化財となった木造平屋建一部地階付。唐破風車寄と式台玄関を構え、崖際に鉄筋コンクリート造の地階を設ける。設計は小林福太郎。受付は9時から16時。

織姫神社手水舎
栃木県 昭和前
織姫神社手水舎

足利市の織姫神社手水舎は昭和12年建造、平成16年に登録有形文化財となった鉄筋コンクリート造平屋建。建築面積1.4平方メートルで、社殿と同じく垂木以上を木造とする。表参道の石段の途中に建ち、終日利用できる。

加登屋旅館別館
栃木県 昭和前
加登屋旅館別館

加登屋旅館別館は那須塩原市板室温泉、本館と悠仙閣に挟まれて建つ昭和12年頃の木造三階建。座敷飾を備えた和室を並べる一方、ドイツ壁風の壁面と上下窓で洋風意匠を織り交ぜる。三階には旧状が残る。平成28年、三棟同時に国登録有形文化財となった。

加登屋旅館悠仙閣
栃木県 昭和中
加登屋旅館悠仙閣

栃木県那須塩原市の板室温泉、その最奥にひっそりと佇む加登屋旅館悠仙閣は、昭和27年(1952)に建てられた木造2階建ての旅館建築です。大正8年築の本館、昭和初期の別館とともに、平成28年に国の登録有形文化財に登録されました。切妻造の屋根、入母屋破風の玄関庇、銘木を用いた床の間など、戦後の旅館が再び意匠を競い合った時代の空気を今に伝えます。「下野の薬湯」と称される強アルカリ性の名湯と、3つの時代の旅館建築が連なる稀有な景観をご堪能ください。

カトリック松が峰教会
栃木県 昭和前
カトリック松が峰教会

栃木県宇都宮市の中心部に立つカトリック松が峰教会は、スイス人建築家マックス・ヒンデルの設計により1932年に竣工した、現存最大級の大谷石建築です。双塔と半円アーチに彩られたロマネスク・リヴァイヴァル様式の聖堂は、1998年に国の登録有形文化財に登録されました。地元の凝灰岩と鉄筋コンクリート造を組み合わせた、伝統と近代の見事な融合をご紹介します。

釜ッ沢下流砂防堰堤
栃木県 昭和前
釜ッ沢下流砂防堰堤

栃木県日光市の稲荷川に築かれた昭和7年竣工の砂防堰堤。堤長25m堤高17mという縦長の立面は、明治35年の大出水が縦侵食で深く刻んだ狭谷に嵌め込まれた結果である。高さ5mの台形水通部をもち、平成14年に登録有形文化財となった。

釜ッ沢砂防堰堤
栃木県 昭和前
釜ッ沢砂防堰堤

栃木県日光市の稲荷川にある昭和8年竣工の砂防堰堤。堤長64m堤高20mの堤体下流に、曲線平面の導水堤2基が斜めの床固を挟み、落水の向きを変える。この特異な形式が再現困難と評され、平成14年に登録有形文化財となった。

旧南間ホテル別館(ましこ悠和館)
栃木県 昭和前
旧南間ホテル別館(ましこ悠和館)

栃木県益子町に移築された国登録有形文化財「旧南間ホテル別館(ましこ悠和館)」。昭和4年頃に奥日光湯元の名門温泉ホテル別館として建てられ、戦時中には皇太子だった上皇陛下が玉音放送を聞かれた歴史ある木造建築。コの字形平面や刎高欄など昭和前期の和風ホテル建築の好例として知られ、現在は宿泊施設と平和のギャラリーとして公開されています。

小米平砂防堰堤
栃木県 昭和前
小米平砂防堰堤

栃木県日光市の稲荷川上流部に佇む小米平砂防堰堤は、昭和6年(1931年)に竣工した堤高13メートル・堤長34メートルの重力式練積堰堤です。内務省時代の稲荷川砂防工事の堰堤群の中で最上流に位置する要の構造物として、平成15年に国の登録有形文化財に指定されました。女峰山を源流とする「暴れ川」稲荷川を鎮めるために築かれた近代砂防の歴史を伝える貴重な遺産で、滝尾神社から続くハイキングコースを通って訪ねることができます。

田沼家住宅表門
栃木県 昭和前
田沼家住宅表門

栃木県足利市の田沼家住宅表門は、旧例幣使街道から退いて建つ昭和10年の一間一戸薬医門。東西に袖塀を従え、街道から石畳を敷いて門前を囲い、風格ある門構えをつくる。2006年に登録有形文化財となった。個人住宅のため非公開。

田沼家住宅外塀
栃木県 昭和前
田沼家住宅外塀

栃木県足利市、旧例幣使街道沿いに延びる田沼家住宅外塀。昭和10年の建立で、腰を簓子下見板張とする真壁造、総延長約84メートル。ほぼ中央で南に折れて表門に取り付き、街道の歴史的景観を保つ。2006年に登録有形文化財となった。

丹勢山砂防堰堤
栃木県 昭和前
丹勢山砂防堰堤

栃木県日光市丹勢町地先の荒沢に築かれた丹勢山砂防堰堤は、昭和3年竣工、堤長40メートル、堤高11メートルの重力式堰堤。安山岩を谷積に練積し、水通し部を曲線で形づくる。平成15年に登録された日光砂防11件のひとつ。