滋賀県・鎌倉
Kamakura滋賀県 の鎌倉時代(1185 – 1333)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
滋賀県竜王町の鎮守の森に佇む苗村神社西本殿は、徳治3年(1308年)に再建された鎌倉時代後期の三間社流造・檜皮葺の国宝建築です。美しい蟇股の彫刻や菱格子の前室など、中世神社建築の粋を伝える傑作。重要文化財の楼門・東本殿・不動明王像など文化財の宝庫である境内を、アクセス・祭礼情報とあわせてご紹介します。
滋賀県野洲市小篠原の杉木立にひっそりと佇む日吉神社本殿は、鎌倉時代後期建立の一間社流造・檜皮葺の小社殿。1944年に国の重要文化財に指定された、地域の人々に大切に守られてきた素朴で気品ある名建築です。
滋賀県野洲市、「近江富士」三上山の麓に鎮座する御上神社の本殿は、鎌倉時代後期に建立された国宝建築です。日本唯一の「御上造」と呼ばれる独自の建築様式を持ち、700年以上の歴史を今に伝えます。境内には重要文化財の拝殿・楼門も残り、秋の「ずいき祭」は重要無形民俗文化財に指定されています。
比叡山延暦寺に伝わる国宝・七条刺納袈裟は、伝教大師最澄が唐から持ち帰った貴重な染織遺品です。天台宗第六祖・湛然所用と伝わる麻製の袈裟は、正倉院や法隆寺にもない稀有な存在。その歴史的価値と見どころ、拝観方法をご紹介します。
6世紀の梁で顧野王が編んだ漢字字典『玉篇』は中国で散逸し、本来の姿は唐代の写本によって日本にのみ残った。石山寺の本巻は全30巻のうち巻第廿七の後半にあたり、糸部などを収める。前半は京都の高山寺が所蔵する国宝である。
滋賀県長浜市の神照寺に伝来する国宝。銅の円板を皿形に打ち、宝相華唐草文を透かし彫りにして鍍金と鍍銀を施した、法会で散華を盛る器である。径約二十八・五センチの十六枚が現存し、うち二枚は京都国立博物館に収まる。
智証大師円珍が853年から五年に及んだ唐での求法を記した行歴抄。原本は散逸し、本文は主にこの抄録によって知られる。石山寺経蔵に伝わる鎌倉時代の写本で、明治36年に重要文化財に指定された貴重な一巻である。
石山寺が所蔵する紙本墨書建久年中検田帳は、建久年間(1190〜1199)に作られた土地の帳簿で、明治38年に重要文化財に指定された。耕地の面積や年貢を記す二巻の古文書が、武家政権成立期の荘園経済の実態を今日に残す。
滋賀県湖南市の常楽寺に伝わる勧進状3巻。延文5年(1360)の落雷で全焼した堂塔を再建するため僧・観慶らが寄進を募った中世の文書で、国宝の本堂と三重塔が生まれた経緯を今に伝える重要文化財です。
滋賀県大津市の石山寺が所蔵する国宝・釈摩訶衍論は、唐時代に書写された五帖の折本である。竜樹の撰述を称するが実際は七〜八世紀に唐または新羅で成立した『大乗起信論』の注釈書で、現存する唐写本として希少な一品。
琵琶湖北岸の菅浦に伝わる中世村落の記録。鎌倉から江戸期の文書千二百八十一通を六十五冊にまとめ、隣村大浦庄との田地相論や村掟を記す。村人が守った史料として二〇一八年に国宝指定。須賀神社や四足門とともに巡りたい。
延暦寺が所蔵する国宝。唐の役所が留学僧・最澄に発給した八〇四年の明州牒と八〇五年の台州牒を一巻にまとめた通行許可書である。最澄が自ら記した申請部分はその真筆と認められ、九世紀初頭の唐代官文書としても、日本天台宗の原点を示す資料としても貴重。
滋賀県大津市の園城寺が所蔵する国宝。金剛界曼荼羅の諸尊を白描で描いた密教図像で、円珍が大中九年(八五五)に唐の長安で授かり請来した完本。全長は約十八メートルに及び、二〇二三年にはユネスコ「世界の記憶」にも登録された。