滋賀県・鎌倉

Kamakura

滋賀県 の鎌倉時代(1185 – 1333)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。

283 滋賀県 鎌倉時代 1185 – 1333
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金銀鍍透彫華籠
滋賀県 鎌倉
金銀鍍透彫華籠

滋賀県長浜市の神照寺に伝来する国宝。銅の円板を皿形に打ち、宝相華唐草文を透かし彫りにして鍍金と鍍銀を施した、法会で散華を盛る器である。径約二十八・五センチの十六枚が現存し、うち二枚は京都国立博物館に収まる。

紙本墨書行歴抄〈円珍記〉
滋賀県 鎌倉
紙本墨書行歴抄〈円珍記〉

智証大師円珍が853年から五年に及んだ唐での求法を記した行歴抄。原本は散逸し、本文は主にこの抄録によって知られる。石山寺経蔵に伝わる鎌倉時代の写本で、明治36年に重要文化財に指定された貴重な一巻である。

紙本墨書建久年中検田帳
滋賀県 鎌倉
紙本墨書建久年中検田帳

石山寺が所蔵する紙本墨書建久年中検田帳は、建久年間(1190〜1199)に作られた土地の帳簿で、明治38年に重要文化財に指定された。耕地の面積や年貢を記す二巻の古文書が、武家政権成立期の荘園経済の実態を今日に残す。

紙本墨書常楽寺勧進状〈延慶元年六月/延文五年七月/応永五年二月〉
滋賀県 鎌倉~南北朝~室町
紙本墨書常楽寺勧進状〈延慶元年六月/延文五年七月/応永五年二月〉

滋賀県湖南市の常楽寺に伝わる勧進状3巻。延文5年(1360)の落雷で全焼した堂塔を再建するため僧・観慶らが寄進を募った中世の文書で、国宝の本堂と三重塔が生まれた経緯を今に伝える重要文化財です。

釈摩訶衍論
滋賀県
釈摩訶衍論

滋賀県大津市の石山寺が所蔵する国宝・釈摩訶衍論は、唐時代に書写された五帖の折本である。竜樹の撰述を称するが実際は七〜八世紀に唐または新羅で成立した『大乗起信論』の注釈書で、現存する唐写本として希少な一品。

菅浦文書(千二百八十一通)/菅浦与大浦下庄堺絵図
滋賀県 鎌倉~江戸
菅浦文書(千二百八十一通)/菅浦与大浦下庄堺絵図

琵琶湖北岸の菅浦に伝わる中世村落の記録。鎌倉から江戸期の文書千二百八十一通を六十五冊にまとめ、隣村大浦庄との田地相論や村掟を記す。村人が守った史料として二〇一八年に国宝指定。須賀神社や四足門とともに巡りたい。

伝教大師入唐牒
滋賀県
伝教大師入唐牒

延暦寺が所蔵する国宝。唐の役所が留学僧・最澄に発給した八〇四年の明州牒と八〇五年の台州牒を一巻にまとめた通行許可書である。最澄が自ら記した申請部分はその真筆と認められ、九世紀初頭の唐代官文書としても、日本天台宗の原点を示す資料としても貴重。

紙本墨画五部心観(完本)
滋賀県
紙本墨画五部心観(完本)

滋賀県大津市の園城寺が所蔵する国宝。金剛界曼荼羅の諸尊を白描で描いた密教図像で、円珍が大中九年(八五五)に唐の長安で授かり請来した完本。全長は約十八メートルに及び、二〇二三年にはユネスコ「世界の記憶」にも登録された。

水晶舎利塔
滋賀県 鎌倉
水晶舎利塔

石山寺鐘楼
滋賀県 鎌倉後期
石山寺鐘楼

圓光寺九重塔
滋賀県 鎌倉前期
圓光寺九重塔

圓光寺本堂
滋賀県 鎌倉前期
圓光寺本堂

鏡神社宝篋印塔
滋賀県 鎌倉後期
鏡神社宝篋印塔

春日神社本殿
滋賀県 鎌倉後期
春日神社本殿

五重塔
滋賀県 鎌倉前期
五重塔

最明寺五重塔
滋賀県 鎌倉後期
最明寺五重塔

西明寺宝塔
滋賀県 鎌倉後期
西明寺宝塔

正法寺宝塔
滋賀県 鎌倉後期
正法寺宝塔

石塔寺宝塔
滋賀県 鎌倉後期
石塔寺宝塔

大宝神社境内社追来神社本殿
滋賀県 鎌倉後期
大宝神社境内社追来神社本殿