東京都・大正
Taishō東京都 の大正時代(1912 – 1926)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
東京・代官山にある国の重要文化財「旧朝倉家住宅」の見どころを紹介。大正8年(1919年)建築の木造2階建て邸宅と、崖線の地形を活かした回遊式庭園が織りなす、都心の隠れた歴史空間をご案内します。
永代橋は東京都の中央区と江東区の間で隅田川に架かる大正15年(1926年)の鋼製タイドアーチ橋で、重要文化財。帝都復興事業で架けられ、当時日本最大の支間を実現した放物線状の大アーチが荘重な姿をつくる。
東京都北区の旧岩淵水門は、荒川と隅田川の分岐点に立つ大正13年竣工の鉄筋コンクリート造水門で、令和6年に重要文化財に指定された。設計は青山士。延長61.8メートル、5門の鋼製扉を備え、無料で常時見学できる。
東京都文京区目白台の池田家住宅主屋は、大正4年頃に建てられた木造2階建の近代和風住宅で、令和7年8月に国の登録有形文化財となった。床柱に鉄刀木を用いるなど材料を吟味した造り。個人住宅のため非公開である。
エチソウビルは東京都文京区本郷の本郷通り沿いの角地に建つ大正時代後期の鉄筋コンクリート造3階建のビルで、登録有形文化財。糸物商越惣商店の自社ビルで、頂部のデンティルや窓上のアーチで飾り、街区の景観をつくる。
江戸屋店舗兼住宅は東京都中央区日本橋大伝馬町にある大正13年(1924年)の看板建築で、登録有形文化財。享保3年創業の江戸刷毛の老舗の店で、人造石洗出しの正面に刷毛をかたどった意匠とフクロウのレリーフを施す。
河鹿園帳場兼主屋は、東京都青梅市の御嶽駅近くにある元割烹旅館河鹿園の入口に建つ大正14年頃の木造2階建です。土間沿いの帳場と北面の厨房、住居を兼ね、8棟で唯一「国土の歴史的景観に寄与」の基準で登録されました。
神谷バー本館は東京都台東区浅草の角地に建つ大正10年(1921年)の鉄筋コンクリート造の商業建築で、登録有形文化財。6階・地下1階建で、正面に矩形の大窓と円形の高窓を開け、3階と4階を通す三連の半円アーチ窓が外観を特徴づける。
東京都大田区南馬込の河原家住宅主屋は、明治18年建設の旧馬込小学校の玄関と教場を移築した和風住宅。昭和38年には同校の時計台(大正14年建設)を書斎の上に載せた。学校建築を活かした塔屋付き住宅として、平成12年に国の登録有形文化財となった。
東京都新島村の旧前田家(キンデー)住宅釜屋形は、大正前期建立の石造平屋建。島産のコーガ石を屋根まで積み、南室の土間に石のヘッツイ、北室に風呂場を設ける。建築面積8.4平方メートル。令和6年に登録有形文化財となった。
旧三井文庫第二書庫は東京都品川区豊町の区立公園「文庫の森」に建つ大正11年(1922年)の書庫で、登録有形文化財。三井家の史料を管理するための鉄筋コンクリート造3階建で、二重の壁式構造とし、書架の鉄骨支柱で床を支えるなどの工夫がある。
キリスト友会フレンズセンターは東京都港区三田にある大正11年(1922年)の宣教師館で、登録有形文化財。ヴォーリズ建築事務所の設計で、屋根窓や煉瓦の煙突が特徴の、数少ない関東大震災前の西洋館の一つである。
功運寺庫裏は中野区上高田の萬昌院功運寺に南面して建つ大正8年(1919年)の庫裏。玄関から中廊下を通し、東に座敷と仏間、北に数寄屋風の方丈を置く丁寧な造作の近代和風建築で、平成26年(2014年)に登録された。
功運寺山門は中野区上高田の萬昌院功運寺の南の参道に開く間口3.2メートルの一間高麗門。萬昌院が移ってきた大正3年(1914年)の建築で、ケヤキの良材と上質な施工が評価され、平成26年(2014年)に登録された。
国立天文台表門は東京都三鷹市の三鷹キャンパス東面に開く大正14年建設の正門である。鉄管を芯としたコンクリート造の門柱に角石を乱れ張りし、柱頭と足下の石には縦溝を彫る。2014年に登録有形文化財となった。
国立天文台ゴーチェ子午環室は、東京都三鷹市に大正13年に建てられた半円形立面の観測用建物である。1903年フランス製の子午環を建物から独立した基礎に据えており、平成26年(2014年)に登録有形文化財となった。
国立天文台第一子午線標室は、東京都三鷹市のゴーチェ子午環室から南約100メートルに建つ大正14年建設の構造物である。建築面積7.3平方メートルに子午線標を納め、平成26年(2014年)に登録有形文化財となった。
国立天文台第一赤道儀室は東京都三鷹市に大正10年に建てられた観測用建物で、三鷹キャンパスでは最も古い。口径20センチのツァイス製屈折望遠鏡を重錘時計駆動の架台に載せる。2002年に登録有形文化財となった。
国立天文台大赤道儀室は、東京都三鷹市に大正15年に建てられた総高19.5メートルの観測用建物である。日本最大の口径65センチ屈折望遠鏡を収め、観測床は昇降した。現在は天文台歴史館として公開されている。
国立天文台第二子午線標室は、東京都三鷹市のゴーチェ子午環室から北約100メートルに建つ大正14年建設の構造物である。第一子午線標室と同型で南北対称に置かれ、平成26年(2014年)に登録有形文化財となった。