東京都・江戸
Edo東京都 の江戸時代(1603 – 1868)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
東京都の静嘉堂文庫美術館にある南宋時代の茶碗1口で、通称は稲葉天目である。国の欄は中国とする。竜光院にある同名の茶碗と、まったく同じ日に国宝となった。昭和26年(1951年)6月9日の指定にあたる茶碗。
東京都台東区の東京国立博物館に寄託された水墨画で、所有は財団法人常盤山文庫である。名称は拾得図であり、寒山は入らない。同じ主題の別の物件は登録美術品にあたる。昭和51年(1976年)に重要文化財となった。
福岡県太宰府市の九州国立博物館が保管する江戸時代の瓶子1口である。同形同文様のもう1口は未指定のままである。倹約令から年代が導かれており、昭和34年(1959年)に重要文化財へと指定された1口である。
俵屋宗達による水墨画の最高傑作〈蓮池水禽図〉。京都国立博物館所蔵の国宝で、江戸時代初期に描かれた紙本墨画の掛幅です。二茎の蓮と二羽のかいつぶりを墨のみで描き分け、動と静、盛りと衰えを静謐な詩情のうちに表現した名品の魅力、国宝指定の理由、見どころ、周辺情報までをわかりやすくご紹介します。
天保8年(1837年)、渡辺崋山が古河藩家老で蘭学者の鷹見泉石を描いた肖像画。西洋の陰影法による写実的な顔貌と、東洋画の筆法による装束を一画面で融合させた崋山の代表作で、昭和26年に国宝へ指定された。東京国立博物館蔵。
伊藤若冲が四十代から五十代にかけて描き継いだ国宝・動植綵絵。鶏や鳳凰、魚や虫を絹本に著した三十幅は花鳥画の到達点とされる。相国寺への寄進を経て現在は皇居三の丸尚蔵館が保管し、2026年秋の再開館を控える。
1854年、ペリー遠征に随行した写真家エリファレット・ブラウン・ジュニアが撮影した銀板写真(田中光儀像)は、外国人が日本国内で日本人を撮影した現存最古の写真の一枚として、2006年に国の重要文化財に指定されました。浦賀奉行所与力として日米交渉に携わった田中光儀の凛とした姿が、写真技術の黎明期を物語る貴重なダゲレオタイプに刻まれています。東京都写真美術館(恵比寿ガーデンプレイス内)に寄託。
江戸時代前期の僧侶・古典学者である契沖(1640〜1701)の自筆草稿群。『万葉代匠記』や『和字正濫鈔』など、日本の古典研究と国語学の基礎を築いた画期的著作の原稿を含む重要文化財です。
東京国立博物館が所蔵する重要文化財「絹本淡彩山中結廬図〈浦上玉堂筆/寛政四年の自賛がある〉」は、江戸後期の文人画家・浦上玉堂が四十八歳、脱藩の二年前に描いた紀年銘付きの貴重な山水画です。藍や代赭を用いた明るい色彩のなかに、晩年様式への萌芽が感じられる名品の魅力をご紹介します。
「絹本著色鶉図〈『雑華室印』ノ印アリ〉」は、南宋時代に中国で描かれた一幅の花鳥画で、室町幕府六代将軍・足利義教の鑑蔵印「雑華室印」が捺されています。後に「東山御物」と総称される足利将軍家の中国絵画コレクションに連なる重要文化財として、東京都内の個人によって大切に守り伝えられている貴重な一作です。
寛永十八年(1641年)に狩野探幽が描いた茶人・佐久間将監(実勝)の肖像。没する前年に写された寿像で、画面には実勝の庵を開いた大徳寺龍光院の江月宗玩と、幕府随一の儒者・林羅山の賛が並ぶ。古田織部らに学んだ茶人の姿を今に残す重要文化財。
虫と魚を絹に描いた全12図の画帖で、各図に漢詩を添える。渡辺崋山が天保12年(1841)に弟子の椿椿山へ送った最晩年の作で、その約一か月後に崋山は世を去った。弱肉強食を寓した憂国の作とも読まれ、重要文化財に指定。岡田美術館蔵。
北宋の皇帝・徽宗が描いたとされる国宝「桃鳩図」の魅力を紹介。没骨描法による繊細な鳩と桃の表現、痩金体の落款、足利義満旧蔵の来歴など、約900年の歴史を超えて輝き続ける花鳥画の傑作について詳しく解説します。
外務省外交史料館が所蔵する重要文化財「通信全覧」(320冊)と「続通信全覧」(1784冊)は、安政6年(1859)から慶応4年(1868)の幕末10年間に交わされた外交文書を体系的に編纂した、日本初の本格的な外交文書集です。ペリー来航や生麦事件など歴史的事件の一次史料を含む約2000巻にのぼるこの記録群は、平成28年(2016年)に重要文化財に指定されました。麻布台ヒルズ森JPタワー5階の展示室で関連史料を無料で見学できます。
東京都内に伝わる「南部家文書」は、八戸南部家(のちの遠野南部家)に伝来した中世文書243通からなる国指定重要文化財です。鎌倉時代から江戸初期までの文書がすべて未表具のまま伝わり、北畠顕家・顕信兄弟の国宣・御教書や曽我文書を含むなど、南北朝時代の奥州の政治情勢を立体的に伝える貴重な史料群です。
江戸時代中期の装剣金工師・土屋安親による重要文化財の鐔。鉄地に高彫と金象嵌で日の出と群千鳥を表現した、奈良三作の一人による傑作刀装具を紹介します。
択捉島に生まれた横山松三郎は、母の肖像を残すため独学で写真術を習得した。本資料群83点は弟松蔵が身を寄せた函館の高田家に伝わり、コロジオン湿板の原板や写真油絵、技術書を含む。2023年に重要文化財に指定された写真師の記録である。
南宋の禅僧・虚堂智愚の筆になる重要文化財の墨蹟。蠟を引いた料紙に書かれた点が指定名称に掲げられた特色である。大徳寺の法系の祖師として、虚堂の書は茶席の掛物の第一に重んじられた。昭和十四年に旧国宝へ指定。東京都内の個人蔵で常設公開はない。
茎に「六十一歳」と自らの年齢を刻む、新刀鍛冶の祖・埋忠明寿による脇差。元和4年(1618年)、晩年の一作で、重要文化財。短刀の多い明寿には珍しい中寸の刀であり、自ら彫った彫物と相州伝を意識した刃文が見どころとなる。
東京国立博物館が収蔵する六曲一双の重要文化財。金地に南蛮船の入港と荷揚げ、橋を渡る一行、回廊をめぐらせた南蛮寺を細密に描く。もと備前池田家に伝わり、現存する南蛮屏風のなかでも古様な図様を示すとされる初期の作例である。