和歌山県の登録有形文化財
和歌山県 · 登録有形文化財
本堂の南西、切石積基壇上に建つ淨願寺の鐘楼。江戸後期建立の方一間切妻造本瓦葺で、礎盤上に角柱を四方転びに立て総ケヤキ造とする。蟇股や懸魚を彫刻で飾る上質な一棟で、夏には鐘がつかれる。令和6年登録の有形文化財。
本堂の南に建つ淨願寺の手水舎。江戸後期の建立で昭和54年に現在地へ移築された。わずか5.2平方メートルながら降棟付きの入母屋本瓦葺とし、四方転びの角柱に詰組、吹寄垂木、格天井を備える。令和6年登録の有形文化財。
境内に建つ淨願寺の宝蔵。大正2年の建立で六棟の登録建造物では最も新しく、昭和54年に現在地へ移築された。方一間の宝形造本瓦葺で頂に露盤宝珠を載せ、漆喰塗下見板張の壁が宝物を守る。令和6年登録の有形文化財。
和歌山県紀の川市東国分の浄土真宗寺院、淨願寺の本堂。天明4年(1784年)建立の木造平屋で、入母屋造本瓦葺に一間向拝を付す。大虹梁や欄間彫刻が見どころ。集落景観の核として令和6年に登録有形文化財となった。
常喜院客殿は高野山南谷に南面して建つ明治前期の客殿。入母屋造平入銅板葺で、玄関の奥に庫裏と客殿を振り分け、持仏間と上段の間を配する。近世以来の平面を継ぐ建築面積361平方メートルの大規模客殿。令和7年3月13日登録有形文化財。
常喜院山門は高野山南谷の境内東辺に東面して建つ昭和30年頃の四脚門。切妻造銅板葺で袖塀を付し、頭貫木鼻や蟇股に復古的な細部意匠を見せる。公道から自由に見学でき、脇には赤地蔵堂が建つ。令和7年3月13日登録有形文化財。
常喜院拝殿は高野山南谷の境内中央に南面して建つ明治43年頃の建物。高野山の他寺院の客殿を移築して日露戦争戦没者慰霊塔の拝殿とした。正背面に軒唐破風を付し、内部に上段の間を備える。令和7年3月13日登録有形文化財。
常喜院本堂(旧最勝院本堂)は高野山南谷の江戸末期の仏堂。度重なる火災に備えた土蔵造で、宝形造の主体部の北に護摩堂棟を延ばす複合仏堂とする。令和7年3月13日登録有形文化財。宿泊者は朝の勤行に参列できる。
大正9年(1920年)に橋本市の池永家が建てた離れ座敷を、平成25年に和歌山市の正住寺境内へ移築した建物。上の間は幅一間半を二段に構えた床の間と付書院を備え、造形の規範として国の登録有形文化財に登録された。
稱念寺山門は和歌山市加太の稱念寺境内西面に建つ四脚門。江戸時代末期の建立で間口は2.9メートル。門柱を円柱、控柱を几帳面取角柱とし、左右に潜戸を付ける。小規模ながら総欅造で、平成29年に登録有形文化財となった。
稱念寺本堂は和歌山市加太に建つ西山浄土宗寺院の本堂。寛政7年に和歌山城下の真光寺で建てられ、明治40年に現在地へ移築された七間堂で、三間規模の向拝と式台玄関、漆塗金襴巻の内陣柱を備える。平成29年に登録有形文化財となった。
和歌山県橋本市の定福寺庫裏は、鬼瓦に宝暦11年(1761年)の銘を残す江戸後期の建築。上座には床の間の祖型である押板床が設けられ、高野山僧侶の里坊だった可能性も指摘される。世界遺産・黒河道の起点に建つ寺の庫裏。
和歌山県湯浅町栖原の栖原角兵衛屋敷主屋は、棟札により寛政9年(1797年)の建築と判明する木造平屋建。蝦夷地から樺太まで漁場を広げた豪商栖原家の本宅で、平成16年に登録有形文化財となった。式台付き玄関に格式が残る。
和歌山県湯浅町栖原に建つ栖原角兵衛屋敷土蔵は、江戸末期の土蔵造2階建で、屋根は切妻造本瓦葺。建築面積は40平方メートル、外壁は白漆喰塗で腰部を波形鉄板が覆う。平成16年に主屋・土塀とともに国の登録有形文化財となった。
和歌山県湯浅町栖原の栖原角兵衛屋敷土塀は、敷地南辺を限る延長42メートルの江戸末期の土塀。もと表門の位置から東へ18メートル、西へ24メートルが残り、土蔵との取付部には虫籠窓風の窓が開く。平成16年登録。
和歌山県太地町の太地漁港近くに佇む太地水産共同組合事務所は、大正時代に建てられた木造平屋建ての登録有形文化財です。入母屋造桟瓦葺の伝統的な屋根と淡いピンク色に塗られた外観が特徴で、「一世帯一株」の画期的な仕組みで設立された太地水産共同組合の歴史を今に伝えています。
全国で唯一県内の他市町村と接しない飛び地の村・北山村竹原に建つ東光寺本堂。弘化四年(1847年)に再建された方丈型本堂と庫裏の複合建築で、ケヤキ材の内陣と「ガンギ」と呼ばれる板張妻面が紀伊半島山間部の地方色を伝える。
和歌山市沖の無人島・沖ノ島の西端、海抜51メートルに建つ石造灯台。明治5年(1872年)に英国人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンが設計した、わが国最初期の洋式灯台の一つで登録有形文化財。砲台跡や紀淡海峡の眺望とあわせて訪ねたい。
和歌山市井ノ口に残る長多家住宅の門長屋は、大正期に建てられた桁行約23メートルの長大な門。入母屋造本瓦葺で、黒漆喰の腰板の上を白漆喰の一筋が走る。大庄屋に次ぐ家格を示す農家の構えで、個人住宅のため門は公道から眺める。
和歌山県海南市七山の田園に南面して建つ中野家住宅主屋は、明治前期の木造平屋建。入母屋造桟瓦葺で、当初は茅葺と考えられる。東寄りを土間、西側を整型四間取とし、当地の中規模農家を代表する一棟。個人住宅のため非公開。