山梨県・室町
Muromachi山梨県 の室町時代(1336 – 1573)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
山梨県山梨市三ケ所にある室町時代中期の仏殿1棟である。年代欄は1415年、解説は1333年とし、両者に82年もの開きがある。明治40年に重要文化財、昭和30年(1955年)に国宝へと指定された1棟である。
山梨県の久遠寺が所有する南宋時代の絵画1幅で、金地院の秋景冬景2幅とともに一組だったと記される。三幅は所蔵先が分かれており、同じ日に別々の物件として指定された。昭和30年(1955年)に国宝へ指定された。
笛吹市の甲斐国一宮・浅間神社の摂社で、社伝が創祀の地と伝える神山の麓に建つ本殿。永禄元年に武田信玄が再建した桁行二間の隅木入春日造で、側面の蟇股に兜と紅葉を彫る。附の棟札4枚とともに明治40年に指定された。
雲峰寺の仁王門は、参道の石段を登る参拝者が最初にくぐる三間一戸八脚門。入母屋造・銅板葺で室町後期の建立とされ、本堂とともに重要文化財に指定される。左右には金剛力士像を安置している。
山梨県甲州市の雲峰寺本堂は、桁行五間・梁間五間の入母屋造で檜皮葺の屋根を持ち、正面に唐破風の向拝を張り出す室町後期の重要文化財。宝物殿には風林火山の孫子の旗など武田家ゆかりの軍旗が伝わる。
永禄4年(1561年)に武田信玄が本社の本殿として再興し、文禄3年に東宮へ移された一間社流造の社殿。構造は室町の特色を残し、彩色や彫刻は桃山以降の修理による。明治40年の指定で、境内でもっとも古い建物。
窪八幡神社神門は永正8年(1511年)建立とされる切妻造・檜皮葺の四脚門。境内の正面入口に東向きに建ち、門前の水路に架かる石橋も附として指定される。建立年の異説と構造の見どころ、見学の仕方を解説する。
窪八幡神社摂社若宮八幡神社拝殿は天文5年(1536年)建立の入母屋造・檜皮葺の拝殿。本社拝殿より約20年早く、装飾の少ない簡素な外観をもつ。『大井俣神社本紀』と『王代記』が建立年で一致する点や見どころを解説。
窪八幡神社摂社若宮八幡神社本殿は仁徳天皇をまつる三間社流造の本殿。本紀は応永7年(1400年)建立と記し、様式からは15世紀後半とされる。境内最古の社殿とされ、円柱の仕上げや破風の反りに古い形式を残す。
窪八幡神社鳥居は天文4年(1535年)建立とされる木造両部鳥居で、山梨市は現存する日本最古の木造鳥居と説明する。武田信虎の厄年に造られたとも伝わる。参道上の位置と、両部鳥居の構造の見どころを詳しく紹介する。
窪八幡神社拝殿(庁屋)は弘治3年(1557年)ごろの切妻造・檜皮葺の拝殿。十一間社流造の本殿に合わせた間口11間で、左右非対称と低い床から庁屋を兼ねたとされる。鰐口の刻銘や建物の見どころを詳しく紹介する。
窪八幡神社本殿は永正16年(1519年)ごろの十一間社流造で、三間社3棟を1間ずつ挟んで連結した国内最大の流造本殿。武田信玄が扉の金箔を再興させたとも伝わる。構造と板壁画などの見どころ、見学の仕方を解説。
窪八幡神社末社高良神社本殿は明応9年(1500年)再建と伝わる一間社隅木入春日造の本殿。高良明神をまつり、境内の重要文化財の本殿で唯一の春日造。室町後期の手法を示す妻入の姿と、見学の仕方を詳しく解説する。
窪八幡神社末社武内大神本殿は明応9年(1500年)再建と伝わる一間社流造の本殿。武内宿禰をまつる素木造で、優美な絵様彫刻と整った木割から小規模本殿の代表作とされる。本社本殿と同じ9段の木階など見どころを紹介。
武田八幡神社本殿は山梨県韮崎市神山町にある天文10年(1541年)の三間社流造・檜皮葺の本殿で、重要文化財。室町時代後期の建築で、棟札5枚と旧巻斗1箇が附として指定され、昭和4年(1929年)に指定された。
長谷寺(ちょうこくじ)本堂は山梨県南アルプス市榎原にある大永4年(1524年)の本堂で、重要文化財。寺伝では養老2年(718年)の行基の開創で、本堂は建築様式から室町中期の再建とみられる入母屋造の三間堂。
天神社本殿は山梨県山梨市大工にある大永2年(1522年)の一間社流造・檜皮葺の本殿で、重要文化財。切妻造・平入の身舎の正面側の屋根を長く延ばして庇とする流造の形式を、室町時代後期の建築として今に伝える。
東光寺仏殿は山梨県甲府市東光寺町にある室町時代後期の禅宗の仏殿で、重要文化財。裳階をめぐらせ檜皮葺の入母屋造の屋根が二重に見える。甲府五山の一つの東光寺で、天正10年の兵火と昭和20年の戦災をともに免れた唯一の建物である。
山梨市牧丘町のブドウ畑に囲まれて建つ中牧神社本殿は、棟札により文明10年の建立と確定した一間社流造・檜皮葺の社殿。昭和28年に重要文化財へ指定された。埴安姫を祀り、四か村の総鎮守として修理を重ねてきた。