全国の史跡名勝天然記念物
全国の史跡名勝天然記念物を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
広島県尾道市・真言宗泉涌寺派大本山浄土寺の方丈裏に広がる名勝庭園。文化3年(1806年)、雪舟13代孫と伝わる阿波の長谷川千柳が築山泉水式に作庭。白砂と石組、伏見城ゆかりの茶室・露滴庵を見渡す江戸後期の傑作。
広島県三次市の丘陵に並ぶ五基の弥生墳丘墓。塩町式土器の出土から1世紀の築造とされ、四隅突出型墳丘墓の最古例として平成12年に国指定史跡となった。中国山地から日本海沿岸に広がる首長墓文化の起源を示す重要遺跡。
広島県竹原市・阿波島南端の白鼻岩を中心とする半径1500メートルの海面。1930年に国の天然記念物となった、海そのものを対象とする稀有な指定地で、かつてスナメリの群泳地だった瀬戸内の海を今に伝える。
広島県北東部、中国山地に18キロ続く石灰岩の峡谷。1923年に国の名勝に指定された。長さ約90mの世界三大天然橋「雄橋」、白雲洞、神龍湖、縄文時代から続く岩陰遺跡群が一つの谷に集まる稀有な景勝地。
三原市沼田西町松江の山林に咲く小さな紫の花、エヒメアヤメ。中国東北部と朝鮮半島に由来する氷河期の遺存植物で、昭和10年に国の天然記念物に指定された。開花期に合わせて4月の約2週間のみ一般公開される。
広島県三次市の花園丘陵に営まれた花園遺跡は、弥生時代中期から後期の墳墓群である。石を積み貼った三基の台状墓域に土壙墓や箱式石棺が密集し、子どもの墓とみられるごく小さな石棺も含む。市営斎場の建設調査で見つかり、昭和53年に国史跡となった。
広島県福山市駅家町の丘陵上に築かれた二子塚古墳は、墳丘長68メートルの前方後円墳。後円部に開く全長14.9メートルの横穴式石室は広島県内最長で、播磨産竜山石の石棺や金銅製双龍環頭柄頭などが出土しました。西日本における前方後円墳築造の終焉期、6世紀末〜7世紀初頭に築かれた最後期の大型墳の一つとして、2009年に国の史跡に指定されています。
船佐・山内逆断層帯は、広島県安芸高田市・三次市・庄原市にわたって約16kmにつづく国指定の天然記念物です。古い花こう岩やひん岩が、はるかに新しい新第三紀・第四紀の地層の上に押し上げられた様子を明瞭に観察でき、中国山地と瀬戸内海の形成史を物語る貴重な地質資料となっています。
広島の爆心地に整備された平和記念公園は、原爆死没者の鎮魂と恒久平和を願って造られた都市公園で、戦後初の国指定名勝です。建築家・丹下健三が描いた一本の軸線が原爆ドーム、慰霊碑、平和記念資料館を結び、世界遺産・原爆ドームを含む祈りの空間が広がります。歴史と建築美が一体となった、世界に開かれた平和の象徴を訪ねる旅へ。
広島県東広島市西条にある三ツ城古墳は、5世紀前半に築造された県内最大の前方後円墳を含む3基からなる国指定史跡です。築造当初の姿に丁寧に復元された墳丘には、葺石と約1800本の埴輪が並び、ガラス越しに3基の箱形石棺を覗き込めるなど、古墳時代の世界を体感できる稀有なスポットです。古代の安芸国を治めた大豪族の墓とされ、酒どころ西条の散策にも組み込みやすい歴史名所です。
広島県安芸高田市吉田町にある国指定史跡「毛利氏城跡 多治比猿掛城跡 郡山城跡」は、戦国大名・毛利元就(1497〜1571)が幼少期を過ごした多治比猿掛城と、本拠地として大きく拡張した郡山城の二つの城跡で構成されます。郡山城は270余の郭を持つ西日本最大級の山城で、天文9年(1540)には3万の尼子軍を退けた吉田郡山城の戦いの舞台ともなりました。森に包まれた山肌に残る堀切、平段、墓所、清神社、そして山麓の博物館まで、戦国の世界を体感できる魅力に満ちた史跡です。
広島県三次市の丘陵に築かれた、およそ1700年前の弥生時代終末期の墳丘墓。出雲系の四隅突出型の墳形に吉備系の特殊器台が伴い、山陰と山陽の文化交流を示す。隣接する墓からはローマ帝国産とされるガラス玉も出土した国史跡。
広島県庄原市東城町、帝釈峡の石灰岩地帯にひっそりと残る寄倉岩陰遺跡。中四国地方の縄文土器編年の基準となった13層の文化層、50体もの人骨、そして遠く隠岐や香川から運ばれた石器が、1万年前の縄文人の暮らしと広域交流を今に伝えます。
広島県福山市神辺町に残る廉塾は、儒学者・菅茶山が郷里に開いた江戸後期の私塾。塾舎や寮舎、茶山の旧宅、屋敷を貫く用水路までが往時の姿で伝わり、頼山陽も塾頭を務めた。全国の私塾で旧観を最もよく残す特別史跡を訪ねる。
有岡古墳群は、香川県善通寺市にある、同じ系統の首長の墓とされる古墳の集まりで、昭和59年に国の史跡に指定された。3世紀後半の野田院古墳や、金銅製冠帽が出土した6世紀の王墓山古墳などからなる。
大坂城石垣石丁場跡は、江戸幕府の大坂城修築のために石垣の石を切り出した石丁場の跡で、小豆島石丁場跡が昭和47年に国の史跡に指定され、東六甲石丁場跡が追加された。刻印のある残石が多数残る。
二ノ宮窯跡は、香川県三豊市の大水上神社の境内の丘陵の西麓にある窯跡で、昭和7年に国の史跡に指定された。方形と円形の2基の窯があり、瓦や唐草瓦、瓦の硯などが見つかった。鎌倉時代を下らないとされる。
香川県観音寺市の燧灘に浮かぶ無人島・円上島の北西海岸には、白い斜長石と紫色の紫蘇輝石が同心円状に並ぶ世界的にも珍しい球状ノーライト(菊花石)が露出しています。1934年に国の天然記念物に指定された貴重な地質遺産の魅力と、伊吹島民俗資料館での標本見学を含む現地の楽しみ方をご紹介します。
香川県丸亀市にある丸亀城跡は、四段に重なる総高約60メートルの石垣を誇る国指定史跡です。「石垣の名城」と称えられ、頂には現存十二天守で最も小さい三重三階の天守が立ちます。慶長期に生駒氏が築き、京極氏が仕上げた城の姿は、近世城郭の典型として今も訪れる人を魅了します。
武市半平太旧宅および墓は、高知県高知市仁井田にある、幕末の土佐勤王党の盟主武市半平太の旧宅と墓で、昭和11年に国の史跡に指定された。旧宅は池や庭を備えた典型的な郷士屋敷である。