全国の史跡名勝天然記念物
全国の史跡名勝天然記念物を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
御前崎市白羽の海岸段丘に広がる、国の天然記念物。冬の遠州の空っ風が飛砂で礫を削り、鋭い稜角をもつ三稜石を生んだ。湿潤な日本では極めて珍しい地形現象で、1940年に小学校教師が発見し1943年に指定された。
静岡県河津町に生育する新町の大ソテツは、中央主幹が高さ約10メートルに達する国内有数のソテツの巨樹。昭和11年に国の天然記念物に指定された。徳川家康の側室お万の方の生家、正木家の屋号「新町」を名に冠する。
竜潭寺庭園は、静岡県浜松市の龍潭寺にある池泉庭園で、昭和11年(1936年)に国の名勝となった。守護石や仁王石、礼拝石を配し、築山全体で鶴亀を表す。庭の奥の井伊家の御霊屋へ視線が導かれる構成をもっている。
石川県中能登町、眉丈山の山頂部に広がる雨の宮古墳群は、4世紀中頃から5世紀初めにかけて築かれた約36基の古墳群です。北陸最大級の前方後方墳である1号墳と前方後円墳の2号墳を中心に、能登一円を治めた古代の有力首長が眠ると伝えられ、1982年に国の史跡に指定されました。
石川県能登町にある旧松波城庭園は、戦国時代の松波畠山氏の居城跡から発見された枯山水庭園遺構です。平らな円礫を縦に立てて並べる「小端立」の独自技法と19個の景石による類例なき意匠が高く評価され、平成24年(2012)に国の名勝に指定されました。落城とともに約450年間封じ込められたまま現代によみがえった、稀有な中世庭園の姿を伝えます。
石川県金沢市の中心にある兼六園は、水戸の偕楽園・岡山の後楽園と並ぶ日本三名園のひとつ。延宝4年(1676年)に加賀藩5代藩主・前田綱紀が築いた蓮池庭を起源とし、約180年の歳月を経て嘉永4年(1851年)に完成した、江戸時代を代表する林泉回遊式の大名庭園です。1985年に国の特別名勝に指定された約11.7ヘクタールの園内には、徽軫灯籠、霞ヶ池、唐崎松、瓢池と夕顔亭、日本最古とされる噴水などが配され、四季折々に異なる表情を見せます。冬の風物詩「雪吊り」をはじめ、桜・カキツバタ・紅葉と一年を通じて訪れる人を魅了する、金沢観光の必訪スポットです。
昭和53年、道路工事で偶然見つかった羽咋市の寺家遺跡。海岸砂丘に埋もれた奈良・平安時代の祭祀場で、焼土遺構や墨書土器、銅鏡が良好な状態で残り「渚の正倉院」と呼ばれる。古代気多神社の祈りを今に伝える国史跡を紹介する。
金沢市寺町の松月寺境内に立つ「松月寺のサクラ」は、樹齢約400年の老桜で、昭和18年に国の天然記念物に指定されました。慶安元年(1648年)に加賀藩三代藩主・前田利常から贈られたと伝わり、「大桜」「御殿桜」とも呼ばれます。ヤマザクラの一変種「ショウゲツザクラ」で、土塀を突き破って道路へと張り出す姿は寺町寺院群を象徴する風景。室鳩巣の漢詩や泉鏡花の小説にも登場した、金沢春景色の名所をご案内します。
白米の千枚田は、石川県輪島市白米町の日本海に面した急斜面に広がる棚田で、平成13年に国の名勝に指定された。約800枚の小さな田が海岸まで重なり、令和6年の能登半島地震の被害からの復旧が進められている。
能登半島の先端、東西15キロ南北20キロの丘陵に12支群40基以上が点在する中世窯跡群。12世紀後半から15世紀末まで操業し、日本海沿岸を広く商圏とした珠洲焼の生産地として、平成20年に国の史跡に指定された。
石川県中能登町の石動山は、標高565メートルの山岳信仰の霊場。中世には360余りの院坊が建ち並んだが、明治の神仏分離令を機に衰退した。今は伊須流岐比古神社の社殿と復元された大宮坊、苔むす礎石が往時を静かに伝える。
石川県輪島市町野町の時国氏庭園は、岩倉山の切土斜面を生かした江戸初期の名勝庭園。下時国家の書院から望むと、入江の奥に据えた三つの立石が水のない枯滝として像を結ぶ。樹林と明るい庭の対比も見どころだが、現在は非公開。
小松市の那谷寺書院の北側にある約200坪の小さな庭。寛永年間に築かれ、昭和4年に国の名勝となった石川県最古の指定庭園である。小堀遠州の指導と伝わる飛石本位の枯山水で、三尊石や深い苔に江戸初期の作意が残る。
石川県七尾市の城山にひろがる国指定史跡。能登守護の畠山氏が築いた南北約2.5キロの巨大山城で、約169年にわたり能登の中心であった。野面積みの石垣や段をなす曲輪が残り、標高約300メートルの本丸跡から七尾湾と能登島を一望できる。
石川県能美市の5つの独立丘陵に営まれた能美古墳群。弥生終末期から古墳後期まで墓づくりが途切れず続き、62基の墳丘が確認されている。北陸最大の前方後円墳・秋常山1号墳をはじめ、墳形や石室の変遷を一望できる貴重な史跡である。
能登半島の内浦海岸にある真脇遺跡は、縄文時代前期から晩期まで約四千年にわたり人が住み続けた長期定住の集落跡。クリの巨木を半截して環状に立てた木柱列、数百体分のイルカ骨、二一九点の重要文化財など、縄文文化の見直しを迫る出土品が並ぶ。
石川県羽咋市の吉崎・次場遺跡は、羽咋川左岸の微高地に約五百年間営まれた弥生時代の大集落跡。出土土器は北陸の弥生土器編年の基準となり、能登半島で唯一の弥生青銅鏡も見つかった。現在は吉崎・次場弥生公園として整備され公開されている。
千葉県香取市の阿玉台貝塚は、縄文時代中期前半の東関東を代表する阿玉台式土器の標式遺跡。明治27年以来の調査で多くの土器や貝層が確認された。胎土の金雲母が光る土器で知られ、昭和43年に国史跡に指定。梅咲く丘で貝層の断面を見学できる。
昭和45年に国の天然記念物に指定された暖帯性の常緑広葉樹林。スダジイを主体とする森は延暦の草創期から禁伐林として守られてきた。夏にはヒメハルゼミが合唱し、四方懸造の観音堂をつつむ関東屈指の貴重な残存林である。
千葉県市原市の台地に広がる上総国分寺跡は、天平13年(741年)の聖武天皇の詔により建てられた国立寺院の遺構。発掘調査で金堂や講堂、回廊内に立つ七重塔の跡が確認され、巨大な塔の礎石が今も残る。江戸時代に再興された薬師堂や仁王門も見どころ。