重要文化財
Important Cultural Property日本の重要文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
宮城県名取市大曲の洞口家住宅は、宝暦年間の建立と考えられる旧仙台領最大級の茅葺農家。堀といぐねに囲まれた屋敷構えごと昭和46年に重要文化財へ指定され、土間には格式を示す名付きの独立柱が数本立っている。
宮城県加美町の松本家住宅は、仙台藩の重臣奥山家に家老として仕えた家に伝わる江戸後期の住宅。座敷部と土間部を別棟として建てる分棟型で、在郷武士の住まいの古い遺構として昭和46年に重要文化財に指定された。
嘉暦元年(1326年)、瑞巌寺の前身・円福禅寺の庫裏に掛けられた銅鋳の雲版。蓮華の撞座と日月の意匠を持つ国重要文化財を、松島・瑞巌寺青龍殿で。
宮城県松島町・雄島の南端に立つ「奥州御島頼賢碑」は、徳治2年(1307)に22年間島から出ずに修行を続けた僧・頼賢の徳をたたえ、弟子30余人が建てた高さ3メートル超の粘板岩製の石碑です。碑文は18行643字の草書で、撰文・揮毫はいずれも来日した元の高僧・一山一寧。鎌倉時代末期の貴重な草書碑として、また松島寺院史の一級史料として、国の重要文化財に指定されています。
青森県亀ヶ岡遺跡から出土したと伝わる、長さ9センチの完形の硬玉(翡翠)製磨製石斧。1973年に重要文化財に指定された本品は、宮城県多賀城市の東北歴史博物館に収蔵されています。糸魚川から津軽へ、縄文時代の広域交易と高度な研磨技術、そして祭祀の精神を今に伝える希少な一品です。
北海道日高のアイヌの家に宝刀として伝来した白長覆輪太刀。総銀造の拵に鍍金の痕跡を残す鎌倉時代の異式太刀で、蝦夷拵の古例として希少。宮城県多賀城市の東北歴史博物館に所蔵される重要文化財。
京都府綾部市の石田神社境内に建つ恵比須神社本殿は、延慶四年(一三一一年)の棟札をもつ鎌倉後期の社殿。もとは石田神社の本殿で、京都府北部最古の神社本殿建築とされる。妻飾りに禅宗様を取り入れた重要文化財で、足利尊氏ゆかりの安国寺の鎮守でもある。
京都府亀岡市の出雲大神宮本殿は、貞和2年(1346年)建築とされる三間社流造・檜皮葺の社殿で、明治39年(1906年)に重要文化財に指定。外陣・内陣・内々陣と奥へ格を高める平面や棟札、見学の仕方を紹介する。
齋神社本殿は京都府綾部市下原町にある室町時代中期と推定される一間社流造・板葺の本殿で、令和6年(2024年)に重要文化財に指定された。同時期・同地域には珍しい手法や禅宗様の要素をもつ、丹波の中世神社本殿。
石清水八幡宮の重要文化財8棟は、男山の本社を囲む摂社若宮社・若宮殿社・水若宮社・住吉社の本殿と東西北の総門、飛地境内の狩尾社本殿からなる。狩尾社は慶長6年の境内最古の社殿で、若宮社は珍しい日吉造をとる。
石清水八幡宮五輪塔は京都府八幡市の男山の山麓に立つ鎌倉時代後期の石造五輪塔で、重要文化財。総高二十尺(約6メートル)に近いまれにみる大きさで、刻銘はなく、嵐から助かった商人が建てたという伝えから航海記念塔とも呼ばれる。
鎌倉時代後期の弘安9年(1286年)、西大寺の叡尊律師が宇治橋の再興とあわせて造立した塔高約15.2mの石造十三重塔。宇治川の中州・塔の島に立ち、現存する近世以前の石塔として日本最大を誇る。昭和28年重要文化財指定。
宇治上神社摂社春日神社本殿は、京都府宇治市の宇治上神社の境内にある鎌倉時代後期の一間社流造、檜皮葺の社殿で、明治45年に指定され現在は重要文化財である。
重要文化財・宇治神社本殿は三間社流造、檜皮葺の一棟。文化庁データベースは鎌倉後期とするが、同社は鎌倉初期と説明する。明治16年まで宇治上神社と一体の下社であり、みかえり兎の故事と木造菟道稚郎子命坐像で知られる。
京都市下京区の梅小路機関車庫は、大正3年に竣工した扇形の機関車庫である。転車台を中心に20線の引込線が放射状に延びる。現存最古の鉄筋コンクリート造機関車庫として、平成16年(2004年)に国の重要文化財に指定された。
京都府亀岡市旭町の梅田神社本殿は、棟札に建武5年の造営と長禄3年の再構を伝える一間社流造の社殿である。室町時代前期の村の社として貴重で、昭和16年に国の重要文化財に指定された。棟札11枚も附として指定に含まれる。
京都市上京区の裏千家住宅は、一畳台目の今日庵、四畳半の又隠、八畳の寒雲亭などからなる数寄屋造の茶匠住宅。天明の大火ののちに再建され、昭和51年に廊下や縁で連なる全体が一棟として重要文化財に指定された。
京都市東山区、泉涌寺の別院である雲竜院の本堂は正保三年(一六四六)頃の建立で、昭和四十一年に重要文化財に指定された。禅宗の方丈に似た平面と竹釘打ちのこけら葺屋根を持ち、現在も写経道場として使われている。
京都市下京区、西本願寺の門前に建つ藪内家の燕庵は天保二年(一八三一)頃の茶室で、昭和五十一年に重要文化財に指定された。元治の兵火で本歌を失い、掟に従って写しが移築されている。相伴席を備える織部好みの遺例。
京都府京丹後市峰山町の縁城寺、本堂の正面に立つ宝篋印塔は正平六年(一三五一)の造立とされ、昭和三十年に重要文化財に指定された。南朝の年号と仏子行秀の名を刻み、切石積の基壇に三段の座を重ねた大ぶりの姿を残す。