神奈川県・大正
Taishō神奈川県 の大正時代(1912 – 1926)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
横浜開港50周年を記念し市民の寄付で建設された横浜市開港記念会館は、赤煉瓦と花崗岩の辰野式フリークラシック建築の傑作です。高さ約36mの時計塔「ジャックの塔」、開港の歴史を伝えるステンドグラス、関東大震災からの復興と平成のドーム復元の物語をご紹介します。
神奈川県葉山町に佇むイエズス孝女会修道院旧館は、大正3年(1914年)に東伏見宮依仁親王の別邸として建てられた洋館です。宮内省内匠寮の建築家・木子幸三郎が設計し、ドイツ下見板張りの白い外壁と塔屋が印象的なこの建物は、葉山に現存する唯一の皇族別荘であり、関東大震災以前の湘南地域で唯一残る皇族別邸として、平成29年に国登録有形文化財に登録されました。
神奈川県藤沢市鵠沼東にある旧近藤邸は、1925年(大正14年)に辻堂海岸の松林に別荘として建てられた国登録有形文化財。設計はフランク・ロイド・ライトの愛弟子・遠藤新で、水平線を強調したライト風意匠と和風住宅の感覚を融合させた大正モダンの名建築です。市民の保存運動により1981年に藤沢市民会館前庭へ移築され、現在は無料で見学できます。
遊行寺の御番方は、住居部正面中央に建つ接客の建物。軒唐破風付の大振りな入母屋玄関を精緻な彫刻で飾り、遊行上人の出立に用いた。大正二年の建立で、六間取方丈形式の内部をもち、歴史的景観に寄与するものとして登録された。
鎌倉・長谷の高台に立つ神霊教鎌倉錬成場霊源閣は、大正七年に実業家山本条太郎が建てた数寄屋別荘。表千家残月亭を意識した意匠を持ち、関東大震災を免れた近代和風建築として国の登録有形文化財に登録されている。
神奈川県小田原市にある清閑亭は、明治39年(1906年)頃に黒田長成侯爵の別邸として建てられた国登録有形文化財です。小田原城三の丸外郭土塁の上に佇む数寄屋風建築からは相模湾の絶景を望め、板絵襖や網代組天井など優れた意匠が見どころです。2024年からは日本料理店として利活用され、歴史空間の中で食文化も楽しめます。
鈍翁から茶苑を継いだ二代目・原三渓が大正11年に増築した最大の席。東側を掛造りとして傾斜地に張り出し、広縁からは近くの山肌の大の字を望む。鈍翁筆の額を掲げる八畳の座敷を備えている。
三井物産を率いた茶人・益田鈍翁が大正初期に営んだ白雲洞茶苑の原点をなす最古の一棟。茅葺の主室に囲炉裏を切り、古材を多用した田舎家風の茶室で、箱根強羅公園内で今も抹茶の点茶体験ができる。
茶苑で唯一茶室でない浴室で、旧山荘の岩風呂として使われた一棟。大きな自然石を構造に取り込んで上屋をかけ、太い丸太で軸組を組み、外壁や屋根下地にも丸太を密に打ち並べる。苑路の最も低い地に建つ。
白雲洞の西に独立して建つ寄棟造・茅葺の草庵風茶室。設計は数寄者の仰木魯堂と考えられ、二畳台目の小間や竹垂木の駆込み天井を備える。侘びの茶室でにじり口を省いた珍しい構えが特色である。
茶苑の入口、苑路の最も手前に建つ待合。南東の隅を筋違に欠き、湾曲した丸太の桁から小丸太を扇状に広げた化粧軒を見せる。巧緻で斬新な意匠が、この先に続く茶室群の調子を静かに定めている待合。
神奈川県愛川町の中津川に架かる平山橋は、1913年(大正2年)に架設が始まった曲弦プラットトラス構造の鋼橋です。大正期のリベット構造の鋼橋として希少な存在であり、国の登録有形文化財および土木学会の「日本の近代土木遺産」に選定されています。太平洋戦争末期の米軍機銃掃射による弾痕が今も残り、戦争遺跡としても深い意味を持っています。
明治15年創業、大正12年築の本館は国登録有形文化財。繊細な組子細工や透かし彫りの欄間が美しい木造二階建ての旅館建築で、自家源泉かけ流しの温泉と相模の味覚を堪能できる湯河原屈指の老舗宿です。
1921年の「活動写真展覧会」で日本映画最初のスター尾上松之助が摂政宮(後の昭和天皇)の御前で演じた「桜井の別れ」を記録した重要文化財映画フィルム。映画フィルムとしては日本で2件目の重要文化財指定。デジタル復元版はオンラインで視聴可能で、東京・京橋の国立映画アーカイブ本館で関連展示も鑑賞できます。