三重県の登録有形文化財
三重県 · 登録有形文化財
中森家住宅離れは三重県伊賀市上野玄蕃町にある大正前期の座敷棟。主屋の北西に渡り廊下でつながり、六畳二室に縁側を廻らす。西室のトコ、棚、付書院は軽やかで、武家住宅の近代における変容を示す。平成26年登録、非公開。
中森家住宅前蔵は三重県伊賀市上野玄蕃町にある江戸末期の土蔵。桁行梁間とも三メートル、建築面積9.1平方メートルの小規模な建物ながら、通りに面して門及び土塀と並び武家地の景観を構成する。平成26年登録、外観は公道から見られる。
中森家住宅門及び土塀は三重県伊賀市上野玄蕃町にある江戸末期の工作物。間口一・八メートルの一間腕木門に板扉を吊り、前蔵との間に潜戸を開く。北へ延びる土塀とともに武家屋敷の表構えを構成する。平成26年登録。
三重県志摩市磯部町、伊勢神宮別宮・伊雑宮の門前に建つ中六店舗は、1929年築の木造二階建て旅館建築で、2011年に志摩市初の国登録有形文化財に登録されました。L字形入母屋造の美しい外観を持ち、現在はうな丼専門の名店として営業を続けています。
三重県津市香良洲町の八太正太夫酒店蔵及び蔵前は、土蔵造二階建の店蔵と木造二階建の蔵前が前後に接続する明治中期の商家建築。蔵前二階に設けた数寄屋風の小座敷が望楼風の外観を生んでいる。平成25年3月29日登録。
三重県津市香良洲町の八太正太夫酒店主屋は、明治前期の当初主屋に明治後期の新座敷と角屋を継ぎ足した木造平屋建。西の妻面を切妻造、東の妻面を入母屋造とする屋根が増築の順序を示す。酒造と地主を代々務めた家の住まいで、平成25年3月29日登録。
三重県津市香良洲町の八太正太夫酒店角蔵及び化粧室は、建築面積8.5平方メートルの土蔵と木造付属屋からなる、四棟中で最小の建物。玉石積の基礎、下見板、鉢巻が外周道路からの見えを整える。平成25年3月29日登録。
三重県津市香良洲町の八太正太夫酒店向い座敷及び下の蔵は、明治後期の木造座敷の北側に土蔵造二階建が接続する一棟。西面には南から下の蔵、向かい座敷、蔵前、店蔵、角蔵が連続し街路景観を形づくる。平成25年3月29日登録。
四日市市小杉町の海蔵川南岸に建つ服部家住宅表門は、県下屈指の米穀商だった服部家が昭和12年頃に構えた四脚門。大津壁風の卵黄色仕上の壁や欄間の埋もれ木など細部に凝り、主屋・土蔵・納屋とともに平成31年に登録有形文化財となった。
三重県伊賀市島ヶ原にある福岡醤油店は、明治28年創業の登録有形文化財の醤油蔵です。現役のキリン式圧搾機や百年杉桶が並ぶ蔵見学の魅力、はさめず醤油の歴史と伝統をご紹介します。
三重県紀北町に残る登録有形文化財・古里歩道トンネル(旧海野隧道)。大正3年竣工の煉瓦造隧道で、熊野街道改修事業の一環として建設。優美な坑門意匠やガス灯用ニッチなど近代土木遺産の魅力を紹介します。
三重県松阪市に佇む大正12年築の赤レンガ倉庫、松阪市文化財センター(旧カネボウ綿糸松阪工場綿糸倉庫)。国登録有形文化財に登録された近代化遺産の歴史と見どころ、国宝の船形埴輪、周辺観光情報をご紹介します。
四日市市にある三重郷土資料館は、1916年建設の旧三重村役場書庫を活用した国登録有形文化財です。黒漆喰仕上げの土蔵造建築と鬼瓦に刻まれた「三重」の文字が、県名の由来となった地域の歴史を今日に伝えています。
三重大学三翠会館は、1936年に三重高等農林学校の開校10周年記念事業として建設された同窓会館です。登録有形文化財に指定されたその歴史的価値や建築的特徴、見どころ、アクセス情報をご紹介します。
三重県紀北町に残る明治43年築の登録有形文化財。地元林業家が建てた洋風別館で、下見板張りの外壁や縦長上げ下げ窓、瓔珞や軒持送りなどの装飾が見どころ。熊野古道・馬越峠や奇跡の清流・銚子川にも近く、紀伊半島の自然と歴史を深く楽しめるスポットです。
三重県津市久居に佇む妙華寺本堂は、安政4年(1857年)建立の登録有形文化財。錣葺の寄棟造や装飾的な向拝を持つ真宗高田派寺院で、藤堂家ゆかりの久居城下町の歴史を今に伝えます。
旅館薫楽荘の主屋の西北に建つ、建築面積わずか19平方メートルの小さな土蔵。明治後期の土蔵造二階建で、外壁を銅板張とし、東面の腰には海鼠壁を用いる。通り側は下見板張で、塀と連続する景観をつくる。
伊賀上野・桑町の旧花街に残る旅館薫楽荘の主屋。明治後期の木造二階建で、一階に五室、二階に六室の座敷を設ける。玄関の装飾タイルや四阿風のホール天井に、料理旅館らしい凝った意匠が見られる。
旅館薫楽荘の通りに面して設けられた門及び塀。高さ3.3メートル、延長12メートルの塀に間口2メートルの門口を開き、前後に瓦庇をかける。小壁を黒漆喰で仕上げ、旧花街の通りに粋な構えを見せる。
湯の山温泉の老舗旅館寿亭に建つ水雲閣は、昭和4年築の木造二階建。寒冷地を考えた瓦屋根風の銅板葺で、棟梁城山喜之助が石山寺と同寸の火灯窓やコルバーン方式の板ガラスを用いた。平成20年に登録有形文化財となっている。