明治
Meiji明治時代(1868 – 1912)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
兵庫県豊岡市に佇む赤木家住宅は、主屋・離れ・蔵など16棟が国の登録有形文化財。明治3年建築の主屋には珍しい養蚕室を備え、城崎温泉からも近い隠れた日本の歴史遺産です。
兵庫県明石市に佇む国登録有形文化財「岩佐家住宅土蔵」。明治37年築の黒漆喰の主屋と白漆喰の土蔵が織りなす美しいコントラスト。都市化の中で農家の暮らしを今に伝える貴重な建築遺産をご紹介。
鎌倉時代の僧・慶政が南宋の泉州からもたらした日本最古のペルシア語文書「紙本墨書南番文字」。イランの著名な詩人の詩句が記された重要文化財の歴史的価値と、海のシルクロードが結んだ中世の国際交流の物語をご紹介します。
京都府所在の国指定重要文化財「無爾可宣墨蹟〈与明知客偈/咸淳戊辰夏孟下澣〉」。南宋末の臨済禅高僧・無爾可宣(石橋可宣)が、咸淳四年(西暦1268年)の初夏下旬に、知客(来客の応対役の僧)であった「明」という弟子に与えた偈頌の一幅。茶の湯の世界でも最上格の掛物とされた禅林墨蹟の名品で、京都の禅文化の源流を伝える貴重な史料です。
「絹本著色鶉図〈『雑華室印』ノ印アリ〉」は、南宋時代に中国で描かれた一幅の花鳥画で、室町幕府六代将軍・足利義教の鑑蔵印「雑華室印」が捺されています。後に「東山御物」と総称される足利将軍家の中国絵画コレクションに連なる重要文化財として、東京都内の個人によって大切に守り伝えられている貴重な一作です。
北宋の皇帝・徽宗が描いたとされる国宝「桃鳩図」の魅力を紹介。没骨描法による繊細な鳩と桃の表現、痩金体の落款、足利義満旧蔵の来歴など、約900年の歴史を超えて輝き続ける花鳥画の傑作について詳しく解説します。
外務省外交史料館が所蔵する重要文化財「通信全覧」(320冊)と「続通信全覧」(1784冊)は、安政6年(1859)から慶応4年(1868)の幕末10年間に交わされた外交文書を体系的に編纂した、日本初の本格的な外交文書集です。ペリー来航や生麦事件など歴史的事件の一次史料を含む約2000巻にのぼるこの記録群は、平成28年(2016年)に重要文化財に指定されました。麻布台ヒルズ森JPタワー5階の展示室で関連史料を無料で見学できます。
択捉島に生まれた横山松三郎は、母の肖像を残すため独学で写真術を習得した。本資料群83点は弟松蔵が身を寄せた函館の高田家に伝わり、コロジオン湿板の原板や写真油絵、技術書を含む。2023年に重要文化財に指定された写真師の記録である。
南宋の禅僧・虚堂智愚の筆になる重要文化財の墨蹟。蠟を引いた料紙に書かれた点が指定名称に掲げられた特色である。大徳寺の法系の祖師として、虚堂の書は茶席の掛物の第一に重んじられた。昭和十四年に旧国宝へ指定。東京都内の個人蔵で常設公開はない。
愛知県南知多町にある国指定重要文化財「旧内田家住宅」は、明治2年築の尾州廻船・内海船船主の壮大な邸宅です。9棟の建造物が当時の姿をほぼ完全に留め、屋久杉の天井や航海安全の神屋など、廻船主の暮らしと文化を今に伝えます。
愛知県半田市の小栗家住宅は、酒造から肥料商・海運で栄えた豪商の主屋。明治前期の建築で、豪壮な土間の梁組と、数寄屋風に中国風を取り入れた座敷や茶室が評価され、2022年に国の重要文化財に指定された。庭の白モッコウバラも名高い。
重要文化財に指定された旧伊勢郵便局舎(宇治山田郵便局舎)は、明治時代の本格的な木造郵便局舎として現存する唯一の建物です。愛知県犬山市の博物館明治村に移築保存され、ハーフティンバー様式の斬新な洋風意匠やV字型平面、円錐ドームなど見どころ満載。現在も簡易郵便局として手紙を投函できます。
愛知県犬山市・博物館明治村にある重要文化財「旧呉服座」の魅力を紹介。明治25年に大阪・池田で建てられた芝居小屋は、回り舞台や奈落など江戸時代以来の劇場建築を今に伝える貴重な遺構です。
愛知県犬山市の博物館明治村に移築保存された重要文化財・旧西郷従道住宅。フランス人建築家レスカスが設計し、耐震構造や舶来の建築金物を備えた明治初期の洋風上流住宅の傑作。西郷隆盛の弟・従道の外交の舞台となった邸宅の魅力と見どころを紹介します。
明治31年(1898年)に札幌市大通に竣工した旧札幌電話交換局舎は、北海道初の電話交換業務を支えた石造二階建ての建物です。地元産の札幌軟石を用いたルネッサンス風の優美な意匠が評価され、国の重要文化財に指定されています。現在は博物館明治村(愛知県犬山市)で電話の歴史を伝える展示施設として公開中です。
三重県の菅島灯台とともに一八七三年に建てられた灯台官舎。英国人技師リチャード・ブラントンの指導による煉瓦造の洋館で、国産の煉瓦と瓦を用いる。現在は博物館明治村に移築され、一九六八年に重要文化財に指定された。
明治35年、木曽三川分流工事で行き来を絶たれた木曽川と長良川を再び結ぶために築かれた煉瓦造の複閘式閘門。青木良三郎らが設計し、いまも現役で船を通す。我が国最初期の閘門として平成12年に重要文化財へ指定された。
名古屋の油商から銀行業へ転じた東松家の町家。明治34年に増改築を重ね木造三階建てとなり、現在は犬山の明治村に移築公開。黒漆喰の塗屋造の外観と、三階までの吹抜けや数寄屋風の茶室を備えた内部の対比が見どころ。
名古屋市昭和区の八勝館は、材木商の明治期別荘を始まりとする料亭。令和二年に九棟と土地が重要文化財に指定された。中心は堀口捨己が昭和二十五年に昭和天皇の宿泊所として設計した御幸の間棟で、近代数寄屋の到達点として知られる。
明治12年に完成し、明治天皇の行幸を迎えた現存唯一の明治初期県庁舎。間口54mの擬洋風建築の傑作を、愛知県犬山市の博物館明治村でゆっくりとご見学いただけます。