明治
Meiji明治時代(1868 – 1912)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
妙教寺六社天王社夜守天王社は最上稲荷の霊応殿の南方に並ぶ六社天王社で一富天王社の南に建つ明治28年の一間社流造檜皮葺。石造の亀腹に土台を置き、縁を二手先の挿肘木、浜縁を持送りで支える。同名の別の社とは別物件。
岡山県倉敷市児島の村山家住宅主屋は明治24年築の木造2階建洋風住宅。塩業で財をなした高田家が建て、六本の円柱によるコロニアル様式のバルコニーをもつ。登録は平成9年で制度初期にあたる。個人所有のため見学は外観のみ。
岡山県井原市の山成酒造で、敷地北面の中央に建つ最小の家財蔵が内蔵。建築面積わずか31平方メートルの妻入2階建で、縁が隣の離れ座敷と直に結ぶ。2階は畳敷に竿縁天井を張る、令和6年登録の小さな蔵を訪ねる。
岡山県井原市の山成酒造で、敷地南東隅に建つ明治前期の土蔵が蔵。軒まで塗り込めた漆喰と各階の腰の海鼠壁で火に強く、内部は吹抜の米蔵と板敷の家財蔵を一棟で兼ねる。通りに面して景観をつくる、令和6年登録の蔵を訪ねる。
岡山県井原市芳井町、小田川西岸の角地に建つ山成酒造の店舗兼主屋。明治15年(1882年)築の木造2階建で、漆喰と海鼠壁の長い外観が通りの景観をかたちづくる。令和6年に登録有形文化財となった、文化元年創業の現役の造り酒屋を訪ねる。
岡山県井原市の山成酒造で最も大きな建物が西仕込蔵。明治前期に建ち昭和中期に南へ増築された木造2階建で、間仕切のない広い作業場の中央西寄りに麹室を抱える。長大な姿が酒蔵の町並みをつくる、令和6年登録の現役の蔵を訪ねる。
岡山県井原市の山成酒造で、今も酒を仕込む大きな仕込蔵が東仕込蔵。明治前期に建ち大正後期に増築された木造2階建で、吹抜の土間に貯蔵タンクが並び、北妻には試験室が張り出す。令和6年登録の現役の酒蔵を訪ねる。
倉敷市の由加神社の入口に立つ備前焼の鳥居。柱の刻銘から明治27年(1894年)1月の建立と分かる。柱間約3.2m、高さ約4.7mの春日鳥居で、柱と貫の交差部などに一体焼成の部材を使う。令和6年に登録有形文化財となった。
龍乗院石段及び石垣は岡山県玉野市東田井地の龍乗院にある江戸末期(1830〜1867年)の石段と石垣で、登録有形文化財。鐘楼門下の幅約9メートルの石段8段と総延長37メートルの石垣が、高台の寺院固有の景観をつくる。
那覇市壺屋に唯一残る陶工の住宅。19世紀後半までに建てられた主屋に作業場・離れと、9房の焼成室を連ねる全長22.7mの登窯「東ヌ窯」が残り、平成14年に重要文化財となった。金・土・日・祝の午後に一部公開。
高良家住宅は慶良間諸島の慶留間島に建つ、琉球王府の船頭を勤めた家の民家。寄棟造・赤瓦の主屋の中に炊事場を設けた点が評価され、ひんぷんと石垣を附に昭和63年に重要文化財となった。月曜休館、有料で内部を見学できる。
北中城村大城にある豪農の屋敷。江戸後期のうふやを含む主屋に、あさぎ・前の屋・籾倉・石造の豚舎ふーるが石垣とフクギの内に残り、沖縄復帰の日の昭和47年5月15日に重要文化財に指定された。水木休館、大人500円。
伊是名島にある、尚円王の叔父の家系と伝わり代々地頭職を務めた銘苅家の屋敷。明治39年建築の主屋とあさぎが石牆とともに残り、昭和52年に宅地を含めて重要文化財に指定された。無人管理で年中無休、見学は無料。
新垣家住宅石垣は那覇市首里末吉町の屋敷の南・西・北を囲む明治29年(1896年)頃の石垣。琉球石灰岩の乱積で表面を整形し、延長58メートル、高さ1〜1.8メートル。ヒンプン前の出入口は精緻に仕上げる。非公開。
新垣家住宅東池は那覇市首里末吉町の屋敷で主屋の東、敷地の東辺に接して築かれた明治29年(1896年)頃の石垣付きの池。南北7メートルの石垣の主屋側に2.8メートル×0.8メートルの池を掘り込み、残る3方を高く積む。非公開。
新垣家住宅ヒンプンは那覇市首里末吉町の屋敷で主屋と道路の間に立つ明治29年(1896年)頃の石造の目隠し塀。琉球石灰岩を乱積にして表面を整え、長さ3.6メートル・高さ1.7メートルの台形断面の板状に仕上げる。非公開。
新垣家住宅フールは那覇市首里末吉町の屋敷で主屋の西に残る明治29年(1896年)頃の豚舎兼便所。琉球石灰岩の切石を組み上げ、南北6メートル・東西2メートルを3つに仕切り、西側に3連のアーチ屋根を付ける。非公開。
新垣家住宅南池は那覇市首里末吉町の屋敷で主屋の南東の出入口近くにある明治29年(1896年)頃の池。長辺2.5メートルの不整形な多角形で、琉球石灰岩の自然石で囲み内側を漆喰で仕上げ、外側に排水溝を回す。非公開。
石垣やいま村にある明治40年(1907年)築の琉球民家の主屋。床の間の一番座から四番座まで4室が東西に並び、南東の隅に玄関と雨端を構える。2008年に石垣市中心部から移築。登録の理由、座敷の見方、琉装体験と撮影の決まりを紹介。
石垣市新川の入嵩西家住宅の敷地南西の角にある明治後期の井戸。直径約90センチ、深さ約10メートル。厚さ13センチに加工した4枚のサンゴ石を円形に組んだ井筒をもち、明治44年頃の主屋より前に掘られたとされる。