明治
Meiji明治時代(1868 – 1912)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
長野市の旧家・五明家の屋敷に残る、畳一間ほどの小さな二階建文庫蔵。切石積の基礎に立ち、漆喰塗の白壁と、東面の庇を受ける雲紋の持送りが目を引く。明治前期の建築で、昭和12年頃に改修。平成22年に国の登録有形文化財となった。
長野県上田市上塩尻に残る登録有形文化財。明治30年建築の土蔵造二階建の穀蔵で、蚕卵紙を国内外に送り出した蚕種の里の暮らしを今に伝える。指定と登録の違いや、本家藤本との関わり、見学の手がかりもあわせて紹介する。
蚕都と呼ばれた上田の上塩尻に建つ、蚕種家・三ツ引佐藤家の蚕室。棟全体にのびる越屋根と南北の窓が、蚕の温湿度を調える通気の工夫を伝える。明治中期の登録有形文化財で、私邸につき外観のみ見学できる。
長野県佐久市協和の佐藤家住宅奥土蔵は、主屋の西に建つ桁行6.6m梁間3.7mの土蔵造二階建。招屋根の味噌部屋を付設し、内部は板床とする。2011年登録の有形文化財で、通りに顔を向けない屋敷の裏側を担う一棟。
長野県佐久市協和の佐藤家住宅勘定部屋は、通り沿いの石垣上、伴部屋と東土蔵に挟まれて建つ木造平屋建。両下造桟瓦葺で、内部は土間床、南面に米櫃を造り付ける。2011年登録の有形文化財で、家の商いを担った一棟。
長野県佐久市協和の佐藤家住宅伴部屋は、通り沿いの石垣上に建つ木造二階建。建築面積21平方メートル、一階は出格子、二階は出窓として持ち出し、軽快な正面をつくる。2011年登録の有形文化財で、四棟のうち最小の一棟。
長野県塩尻市広丘原新田にある国登録有形文化財「島木赤彦寓居」は、アララギ派を代表する歌人・島木赤彦が明治42年から2年間校長として過ごした本棟造の下宿「牛屋」。令和4年に塩尻短歌館横の歌碑公園に移築され、現在は一般公開されています。
長野県長野市の善光寺門前に佇む常徳院門は、明治初期に建てられた薬医門形式の表門です。明治24年の善光寺門前大火を免れた数少ない建造物の一つとして、2006年に国の登録有形文化財に登録されました。切妻造・桟瓦葺の屋根や出三斗による桁の支持など、独特の建築的特徴を持つ貴重な遺構です。
長野市鬼無里に鎮座する白髯神社拝殿は、入母屋造に千鳥破風・軒唐破風向拝を備えた格調高い社殿建築です。天武天皇の遷都伝説や紅葉退治の物語が息づく山里の文化財の魅力をご紹介します。
武重本家酒造の三号蔵は明治後期の仕込蔵。内部の柱を厚板で組みボルトで締めた特異な構造をもつ。酒蔵建築の構造技法の多様性を示す登録有形文化財としての価値と見どころを、旧中山道の町並みとともに紹介する。
武重本家酒造の主屋は明治四十二年の木造二階建。妻面を塗籠た総二階に通庭を通し、奥の蔵へと続く。中山道茂田井の名高い街道景をつくる登録有形文化財としての見どころを、白壁の町並みとともに紹介する。
長野県岡谷市川岸に建つ中央印刷社屋(旧片倉組事務所)は、明治43年(1910)に日本最大の製糸企業・片倉組の本部事務所として、発祥の地・垣外製糸場内に建てられた木造2階建の登録有形文化財です。人造石の柱型と煉瓦壁面の重厚な外観、洋風を基調に和風の大広間を備えた内部意匠が特徴で、平成8年の登録有形文化財制度創設と同時の第1回登録に選ばれました。「シルク岡谷」の繁栄を今に伝える貴重な近代化産業遺産です。
カナダ人宣教師ウォーラーが1898年に建てた長野県唯一の煉瓦造教会。尖頭アーチやバラ窓、バットレスなど本格ゴシック様式を備えた国登録有形文化財の魅力と見どころを紹介します。
長野市篠ノ井に佇む日本クレーン協会長野支部博物館は、明治26年(1893年)に北安曇郡池田町に建設された旧池田警察署庁舎を移築した国登録有形文化財です。寄棟造の玄関ポーチやレースのように繊細なバージ・ボード装飾など、擬洋風建築の魅力が凝縮された木造2階建ての洋風建築をご紹介します。
長野県松本市にある日本聖公会松本聖十字教会は、明治43年(1910年)にカナダ人宣教師ケネディらが建てた国登録有形文化財の木造教会です。シザートラスの美しい天井構造や尖頭アーチ、印象的な鐘塔など、ゴシック様式と和の意匠が融合した貴重な近代建築の見どころをご紹介します。
別所温泉の旅館花屋に建つ約1間半四方の小さな水車小屋。木造平屋・寄棟茅葺で西壁に水車を付け、水に強い栗材の柱を用いる。明治前期の建物を昭和56年に現在地へ移築し、田園風の景を添える。
店舗の西に南北棟で建つ三原屋商店北蔵。明治5年頃の2階建土蔵で、北妻面の下屋を海鼠壁で整え、窓を高い位置に開けて街路からは三階建に見せる。街角の景観を意識した明治の造作が今に残る一棟である。
善光寺の西、大町道とうちわや小路の辻に建つ三原屋商店の店舗。明治5年頃の店蔵で、開いた表構えと海鼠壁の蔵を対照的に並べ、1848年創業の味噌醤油醸造が今も商いを続ける角地の顔である。
店舗の南方、うちわや小路に東面を見せて建つ三原屋商店中蔵。明治10年頃の2階建土蔵に寄棟の3階部を載せ、海鼠壁を小路沿いに連ねる。小路景観の垂直の要を担う、群でも背の高い一棟である。
南蔵の西、屋敷地の西辺に沿って南北棟で建つ三原屋商店西蔵。明治10年頃の2階建切妻土蔵で、味噌貯蔵庫として使われ、2階で南蔵と連絡する。醸造場南部の土蔵群を構成する、働く一棟である。