広島県の重 要 文 化 財
Important Cultural Property of 広島県広島県に所在する重要文化財。
広島県庄原市比和町にある荒木家住宅は、18世紀初頭に建てられた神官の住宅で国の重要文化財に指定されています。茅葺き入母屋造りの美しい佇まいや「たかま」など社家ならではの間取りの魅力をご紹介します。
広島県福山市・鞆の浦に建つ安国寺釈迦堂は、室町時代中期の禅宗様建築を伝える国指定重要文化財です。善光寺式阿弥陀三尊像や法燈国師坐像など、鎌倉時代の名宝とともに枯山水庭園も楽しめます。
広島県廿日市市宮島町の厳島神社大鳥居は明治8年再建の木造両部鳥居。海底に柱を埋めず松の千本杭の上に自重で立ち、箱状の笠木には4トン近い砂利を納める。令和の修理が開けてみせた構造と、見学の実際を解説する。
広島県廿日市市宮島町の塔の岡に建つ厳島神社五重塔は応永14年の建立である。初層内部には真言八祖と瀟湘八景が描かれ、赤外線調査では永正・享禄の落書も確認された。2027年まで修理中で、内部は非公開である。
広島県廿日市市宮島町の大元公園に建つ厳島神社摂社大元神社本殿は、大永3年の造営である。長い板を六枚重ねて三段に葺く大元葺は日本で唯一とされ、内部の玉殿には嘉吉3年の墨書が残されている。境外の静かな一角に建つ。
広島県廿日市市宮島町の厳島神社境内に建つ摂社大国神社本殿は、室町後期の切妻造妻入の一棟である。曲線の社殿群のなかでただ一つ直線に近い屋根をもち、拝所は廻廊と長橋をつなぐ廊下を兼ねている。旧称は大黒堂。
広島県廿日市市宮島町の厳島神社境内に建つ摂社天神社本殿は、弘治2年に毛利隆元が建てた素木造の一棟である。別名を連歌堂といい、室町時代に盛行した連歌会所の遺構としても数少ない建物にあたる。壁は板ではなく漆喰。
広島県廿日市市宮島町の多宝ヶ岡に建つ厳島神社多宝塔は、大永3年に禅僧の周歓が建立した塔である。方形の下層に亀腹を挟んで円形の上層を載せる珍しい平面をもち、境内では数少ないこけら葺の屋根をいただく。高さは15.6メートル。
広島県廿日市市宮島町の厳島神社宝蔵は、桁行二間・梁間一間の小さな校倉造の倉で、室町中期の建築である。境内で壁そのものが構造を兼ねる唯一の建物であり、平家納経などの社宝を昭和9年まで収蔵していた蔵にあたる。
広島県廿日市市宮島町の町なかに建つ厳島神社末社荒胡子神社本殿は、嘉吉元年の造立である。棟札に島田三郎左衛門尉宗氏の名が残り、蟇股の彫刻は左右対称をわずかにくずしている。有料区域の外にあり無料で見学できる。
広島県廿日市市宮島町の塔の岡に建つ厳島神社末社豊国神社本殿は、豊臣秀吉が千部経の供養のため発願した大経堂である。秀吉の死により天井板も正面の階段も造られず、千畳閣の名で今も未完成のまま立ち続けている。
広島県三次市吉舎町に所在する国指定重要文化財・奥家住宅は、天明8年(1788年)築の庄屋の民家です。五重に組まれた圧巻の小屋梁、珍しい内蔵形式の土蔵など、中国地方山間部の上層農家の暮らしを今に伝える貴重な遺構をご紹介します。
広島県呉市・倉橋島の桂浜に建つ桂濱神社本殿は、文明十二年(一四八〇)銘の棟札を持つ室町後期の三間社流造。庇まで丸柱とし海老虹梁を用いるなど県内に類例の少ない手法が見どころで、宗像三女神らを祀る重要文化財。
広島県東広島市の旧木原家住宅は、鬼瓦の署銘から寛文5年(1665)の建築と判明する町家。酒造と竹原の塩田業で財を成した豪商の住まいで、座敷を表通り側に置く古い間取りを残す。中国地方で最も古い民家とされる重要文化財。
広島県福山市の備後一宮 吉備津神社の本殿。慶安元年(1648年)に初代福山藩主・水野勝成が再建した重要文化財で、幅約18.5mにおよぶ大きな入母屋造。仏堂風の内部や桃山風の彫刻、二つの随神門が見どころ。
広島県尾道市瀬戸田町に佇む光明坊十三重塔は、永仁2年(1294年)に建立された国の重要文化財。高さ約8.5メートルの花崗岩石塔が伝える鎌倉時代の石造技術と仏教信仰の世界をご紹介します。
広島県尾道市東久保町の西郷寺山門は、14世紀後半に建てられた棟門・本瓦葺の重要文化財。2本の本柱が冠木を受けるだけの簡素な構えで、板蟇股や破風、懸魚に室町時代の意匠が残る。本堂と同じ昭和36年6月の指定。
広島県尾道市東久保町の西郷寺本堂は、文和2年(1353年)に発願された、時宗の本堂として現存最古の遺構。方三間の内陣を外陣が囲む平面と、手を打つと響く鳴き龍天井で知られ、昭和36年に国の重要文化財となった。
広島県尾道市の西国寺金堂は、至徳3年(1386年)に備後守護山名氏の主導で再建された重要文化財。二手先の組物と二重虹梁大瓶束の妻飾をもつ和様の仏堂で、仁王門から108段の石段を登った先に建つ。内部の厨子も附指定に含まれる。
広島県尾道市の西国寺三重塔は、永享元年(1429年)に6代将軍足利義教の寄進で建てられた重要文化財。三間三重塔婆、本瓦葺で、初重に回縁を設けず石製基壇から直接立ち上がる復古的な純和様の塔である。金堂の山手、大師堂の先に建つ。