長野県の登録有形文化財
長野県 · 登録有形文化財
長野県北佐久郡軽井沢町にある昭和時代の別荘1棟である。1階に居間、書斎、撞球室などを配し、西面の上下階を大きなガラス窓として内側をサンルームとする。木造モダニズムの先駆的な例とされる。平成26年(2014年)に登録された。
長野県安曇野市穂高北穂高にある江戸時代の主屋1棟である。年が1751年から1829年の幅で示されており、解説文には伝えられるという語も付いている。平成15年(2003年)に登録された1棟の主屋である。
長野県下伊那郡大鹿村の小渋川に架かる昭和時代の橋1基である。下路式の鉄筋コンクリート造3連アーチ橋で、アーチと桁を垂直材で結ぶローゼ桁橋とする。県内に多い同形式のなかで高い完成度をもつ。平成23年(2011年)に登録された。
長野県上水内郡小川村大字稲丘にある明治時代の水路工1所である。年代の欄に1886年頃の築造と1933年・1954年の改修とが並んでいる。平成21年(2009年)に登録された1所の石造の水路工にあたる。
長野県安曇野市穂高にある昭和時代の美術館1棟である。尖塔とバラ窓と半円アーチ窓とを備えており、キリスト教会の聖堂の姿をとっている。平成22年(2010年)に登録された1棟の古い美術館の建物にあたるもの。
長野県麻績村の芦沢川に明治20年(1887年)に築かれた4基の石積堰堤のうち最も下流の第一号。堤長10メートル、堤高4.2メートル、最大径1メートルほどの野面石を1割5分の勾配で空積みし、旧状をよく保つ。
長野県麻績村の芦沢川に明治20年(1887年)に築かれた4基の石積堰堤のうちの第三号。堤長16メートル、堤高4.0メートル、1割3分の緩い勾配で野面石を空積みし、平成26年(2014年)に登録有形文化財となった。
長野県麻績村の芦沢川に明治20年(1887年)に築かれた石積堰堤4基のうち下から2番目。堤長12メートル、堤高3.8メートルと最も低く、ほぼ左右対称の堤体に水通し部と袖部を直線で分けた近代的な立面をもつ。
長野県麻績村の芦沢川に明治20年(1887年)に築かれた石積堰堤4基のうち最上流で最大の第四号。堤長15メートル、堤高6.8メートル。土木監督署制の施行後に内務省が実施した最初期の公共事業の遺構とされる。
飯島商店作業所棟は明治27年(1894年)頃に上田倉庫会社が建てた繭倉で、桁行20間・梁間5間と長大な木造3階建。漆喰塗の外壁にキングポストトラスの小屋組をもち、今はみすゞ飴を作る作業棟として使われている。
飯島商店事務所棟は明治27年(1894年)頃に上田倉庫会社が建てた繭倉で、桁行14間・梁間5間の木造3階建。漆喰塗の大壁に切妻造・桟瓦葺の屋根を架け、上田駅前の角地に建って、蚕都と呼ばれた頃の駅前風景の面影を残す。
飯島商店店舗棟は大正13年(1924年)に本社社屋として建てられた木造3階建の洋風建築。モルタル塗に石目地を切った外壁と櫛形飾りのパラペットが特徴で、道路拡幅に伴う曳家を経て、今は上田本店として営業している。
長野県安曇野市豊科高家の飯田家住宅内門は、明治後期の間口6尺の棟門である。主屋南東の庭園を囲む土塀に開き、わずかに反る切妻屋根の大棟を七宝つなぎで飾る。屋敷構えの正面をつくる門として平成17年に登録された。
長野県安曇野市豊科高家の飯田家住宅米蔵は、安政6年建築で明治33年に増築された土蔵造平屋建である。桁行9間の南北棟で、東面の瓦葺庇まで置屋根とし、西からの屋敷景観をつくる。平成17年に登録有形文化財となった。
長野県安曇野市豊科高家の飯田家住宅質蔵は、明治前期の土蔵造2階建である。西面中央に黒漆喰塗の両開き土戸を吊り込み、腰を海鼠壁とする。質草を納める蔵の名を今に残し、平成17年に登録有形文化財に登録された。
長野県安曇野市豊科高家の飯田家住宅主屋は、江戸時代後期に建ち明治後期に増築された本棟造の住宅である。間口10間の妻入で、屋根はもと石置屋根。酒造業飯野屋の住まいとして、平成17年に登録有形文化財となった。
長野県安曇野市豊科高家の飯田家住宅醸造蔵二は、明治前期の木造平屋建の醸造蔵である。桁行16間の東西棟で、ゆるい切妻屋根を和小屋で組み、煙突を併設して東からの屋敷景観をつくる。平成17年に登録有形文化財となった。
長野県安曇野市豊科高家の飯田家住宅文庫蔵・隠居屋は、明治8年建築の土蔵造2階建である。南側2間半を隠居所とし上雪隠を備え、腰は亀甲形の海鼠壁とする。屋敷の東辺を画す建物で、平成17年に登録有形文化財となった。
長野県安曇野市豊科高家の飯田家住宅塀は、明治後期の土塀である。座敷棟の西端から敷地の南辺と東辺をたどる延長63メートルで、石垣上に1間おきに柱を立て白漆喰で塗り、瓦を載せる。平成17年に登録有形文化財となった。
長野県安曇野市豊科高家の飯田家住宅味噌蔵は、明治期の土蔵造2階建で、建築面積20平方メートルと屋敷で最も小さい。軒をやや大きく出し、垂木と桁まで白漆喰で塗り込め、腰を下見板張とする。平成17年に登録有形文化財となった。