国宝
National Treasures都道府県、時代、種類別に日本の国宝を閲覧できます。寺院、神社、城、美術館での見どころを分かりやすく解説し、地図や旅行のヒントもご紹介します。
滋賀県大津市園城寺町にある桃山時代の金堂1棟で、慶長4年(1599年)の建築である。解説文の欄は空だが、構造の欄のほうは詳しい。明治39年に重要文化財、昭和28年(1953年)に国宝へと指定された堂。
滋賀県大津市園城寺町にある室町時代前期の社殿1棟で、貞和3年(1347年)の再興である。寺の建物でありながら、種別の欄は神社とされる。明治34年に重要文化財、昭和28年(1953年)に国宝へ指定された。
滋賀県大津市園城寺町にある桃山時代の客殿1棟で、慶長5年(1600年)の建立である。種別の欄は、寺院でも神社でもなく住宅とされる。明治34年に重要文化財、昭和27年(1952年)に国宝へと指定された。
滋賀県大津市の聖衆来迎寺が所有する鎌倉時代の絵画で、複数の幅からなる。文政年間の模本は滋賀県の指定を受けており、原本と写しがそれぞれ別の制度で守られている。昭和38年(1963年)に国宝へ指定された。
滋賀県の延暦寺が所有する平安時代の経箱1合である。華と円輪は金蒔、葉と蔓は銀蒔とし、同じ蒔絵の部位によって金属を分けている。明治33年に重要文化財、昭和32年(1957年)に国宝へと指定された1合である。
滋賀県大津市の延暦寺が所有する唐時代の典籍1巻である。国の欄は中国、時代の欄は唐とされ、年代の欄は803年である。重要文化財を経ることなく、昭和28年(1953年)に国宝へと指定された1巻の書跡である。
滋賀県大津市の園城寺が所有する平安時代の図像1巻で、巻の初めを欠いている。同じ指定番号00073の枝番01には完本があり、二巻が一つの指定番号を共有している。昭和28年(1953年)に国宝へ指定された。
鹿児島県霧島市霧島田口にある江戸時代中期の社殿である。本殿・幣殿・拝殿と三つの名が並ぶが、屋根がつながっており員数は1棟とされている。平成元年に重要文化財、令和4年(2022年)に国宝へと指定された。
秋田県大仙市の水神社が所有する平安時代の鏡像1面である。1677年に用水の開墾工事中に掘り出され、それを祀るために祠が建てられた。昭和13年に重要文化財、昭和28年(1953年)に国宝へと指定された。
神奈川県鎌倉市の円覚寺塔頭正続院にある室町時代中期の仏堂。禅宗とともに伝来した唐様の仏堂として日本最古かつ最も純粋な姿を示すとされ、昭和26年(1951年)に国宝へ指定された。神奈川県唯一の国宝建造物である。
神奈川県藤沢市の清浄光寺が所有する鎌倉時代の絵巻で、明治33年に重要文化財、昭和27年に国宝となった。全十二巻のうち巻第七だけは東京国立博物館にあり、同じ日に別の物件として指定を受けている一巻である。
神奈川県横浜市金沢区の称名寺が所有する鎌倉時代の肖像画で、金沢北条氏の四代を描く四将像の四代目にあたる一幅である。明治33年に重要文化財、昭和41年に国宝となっており、そのあいだに66年が経っている。
神奈川県横浜市金沢区の称名寺が所有する鎌倉時代の肖像画で、金沢北条氏の四代を描く四将像のうちの一幅である。明治33年に重要文化財、昭和41年に国宝となっており、そのあいだに66年が経っていることになる。
神奈川県横浜市金沢区の称名寺が所有する鎌倉時代の肖像画で、金沢北条氏の四代を描く四将像のうちの一幅である。明治33年に重要文化財、昭和41年に国宝となっており、そのあいだに66年が経っていることになる。
神奈川県鎌倉市の鶴岡八幡宮が所有する鎌倉時代の硯箱1合である。懸子を取り除いた身の底にも、同じ図様の蒔絵が施されている。明治32年に重要文化財、昭和26年(1951年)に国宝へと指定された1合である。
神奈川県鎌倉市の光明寺が所有する鎌倉時代の絵巻2巻で、附として寛政5年(1793年)の添書が指定されている。本体の年は特定されておらず、附のほうが時期がはっきりしている。昭和30年に国宝へ指定された。
青森県八戸市の櫛引八幡宮が所有する鎌倉時代の鎧1領である。奈良県の春日大社にある同名の国宝と、東西の双璧とうたわれている。大正4年に重要文化財、昭和28年(1953年)に国宝へと指定された1領である。
青森県八戸市の櫛引八幡宮が所有する南北朝時代の鎧1領である。同じ神社の赤絲威鎧と、重要文化財も国宝もまったく同じ日である。大正4年に重要文化財、昭和28年(1953年)に国宝へと指定された1領である。
青森県八戸市にある縄文時代後期後半の土偶1箇で、縄文時代のうちに天然アスファルトで割れた部分を接着修理された跡が残っている。所有は八戸市である。平成21年(2009年)に国宝へと指定された1箇である。
静岡県熱海市のMOA美術館にある江戸時代の茶壺1口で、白濁釉の上に赤・緑・紫・銀・金の五つの色で藤花を描く。所有は寺社ではなく世界救世教である。昭和26年(1951年)に国宝へと指定された1口である。