平安
Heian平安時代(794 – 1185)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
和歌山県最古の寺・道成寺に伝わる二躯の毘沙門天立像。平安時代前期・九世紀の木造彩色の像で、明治三十二年に重要文化財に指定された。大きい像は東京国立博物館に寄託され、小さい像は宝仏殿で間近に拝観できる。
高野山金剛三昧院が所蔵する木造不動明王立像は、「帆不動」の通称で知られる平安時代後期の彫刻。尼将軍・北条政子が源頼朝の菩提を弔って開いた寺に伝わり、明治41年に重要文化財へ指定された古像で、国宝の多宝塔をもつ鎌倉ゆかりの寺に今も残る。
和歌山県最古の寺、道成寺。四十四本の手をもつ国宝・千手観音の脇侍として立つ二菩薩立像も国宝です。九世紀の一木造で像高は約二・五メートル、当初の金箔を多く残します。日光・月光と伝わる名の謎を、宝仏殿で間近に確かめられます。
高野山の麓、弘法大師空海の母の廟所である弥勒堂に安置される国宝・木造弥勒仏坐像。裳先の墨書銘は寛平四年(八九二)を記し、年紀をもつ平安前期彫刻の基準作とされる。二十一年に一度しか開扉されない秘仏で、堂は世界遺産でもある。
和歌山県の高野山に伝わる古文書を江戸時代に編んだ宝簡集三集のうち、最も大きい167巻9冊の集成。後白河天皇以下の綸旨や太政官符、源義経・西行の書状、阿氐河荘の片仮名の百姓訴状まで、中世社会の幅広い声を収める国宝。
延暦十六年(七九七)、二十四歳の空海が自筆でしたためた現存最古の書。儒・道・仏の三教を亀毛先生ら架空の三人に論じさせ、仏教の妙理を説く出家宣言の草稿本である。下巻末に夢窓疎石の跋を附し、高野山霊宝館に伝わる国宝二巻。
和歌山県高野山の円通寺(円通律寺)に伝わる国指定重要文化財「紙本白描不動明王二童子毘沙門天図像」を、世界遺産・高野山の歴史と密教文化の魅力とともに紹介。白描による線描の美しさ、不動明王・二童子・毘沙門天という稀有な構成の意義、所有寺・円通律寺の沿革、そして高野山を訪れる旅の楽しみ方を、海外からの旅行者に向けて分かりやすく解説します。
西国二番・紀三井寺が伝える平安時代の二尊。梵天・帝釈天と呼ばれるが菩薩形に造られ、作風も異なるためもと一具ではないとされる。像高は約一六四・一六一センチ。二〇二三年より本堂裏の大光明殿で常時拝観できる。
国宝・王勃集巻第二十八は、唐代初期の文人王勃(649-676)の詩文集として、世界に現存する最古級の写本です。遣唐使によって日本にもたらされ、奈良・興福寺に伝来したこの一巻は、中国本土ではすでに失われた王勃の作品を今に伝える、東アジア書跡史における至宝です。
山城・五条派の名工国永が遺した両刃の剣。優美な太刀で名を成した国永の在銘作は乏しく、剣はこの一口のみ現存するとされる。生ぶの茎に「國永」の二字を刻み、平安の作刀が到達した品位を今に残す重要文化財である。
従二位藤原親子は白河天皇の唯一の乳母で、六条藤家の祖・顕季の母にあたる。その名を冠した寛治五年(一〇九一)十月の歌合を記す巻子は、昭和十六年に重要文化財へ指定されたが、現在は所在不明で、文化庁が情報を求めている。