平安
Heian平安時代(794 – 1185)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
五島美術館が伝える久能寺経の二巻。法華経を三十人が一巻ずつ書写した結縁一品経で、永治元年頃、鳥羽法皇と待賢門院周辺の制作と伝わる。金銀を全面に散らし蓮池を描く、現存最古級の装飾法華経。昭和27年指定の重要文化財。
東京国立博物館が蔵する久能寺経の三巻。平安時代に待賢門院を中心とする貴族が結縁した装飾経で、無量義経・法師品・安楽行品を金銀の切箔や砂子で飾る。鉄舟寺の十九巻は国宝だが、この三巻は重要文化財として一二世紀の写経の華を今に残す。
琵琶湖の竹生島に伝来した平安時代の装飾経。白い料紙に金銀泥で蝶・鳥・草花・霊芝雲の下絵を大らかに描き、端正な和様で法華経方便品を写す。巻末に松花堂昭乗の鑑定書を伴い、現存二巻のうちの国宝一巻。東京国立博物館蔵。
東京国立博物館が蔵する南宋の禅僧・北磵居簡の墨蹟一幅。紹定2年(1229)、蘇州承天寺の万仏閣に登った折の偈頌で、痩硬の筆致が際立つ。記録上もっとも早く茶掛けに用いられた墨蹟とされる。昭和31年指定の重要文化財。
平安末期に摂関を務めた藤原忠通の漢詩文を集めた古写本。奥書は寿永2年(1183年)、平家都落ちの直前にあたる。没後十九年という早い書写で、忠通の漢詩文を知る中心的な資料とされ、昭和10年に重要文化財に指定された。前田育徳会蔵。
東京都新宿区・早稲田大学図書館が所蔵する国宝「礼記子本疏義 巻第五十九」。中国南北朝期に編まれた全百巻の注釈書のうち、世界で唯一現存する一巻です。唐時代の写本で、奈良時代には日本へ渡り、巻末には光明皇后の蔵書印と伝わる「内家私印」が捺されています。その来歴と学術的価値、訪れ方をご紹介します。
東京・尊経閣文庫に伝わる国宝『類聚国史』四巻は、寛平4年(892年)に菅原道真が宇多天皇の勅命で編んだ205巻の大歴史百科のうち、平安末期に書写された貴重な古写本。祥瑞・地震・仏教法会の記録を収め、失われた『日本後紀』復原と弘仁地震研究に不可欠な第一級史料です。
東京都世田谷区の五島美術館が所蔵する国宝「紙本墨画六祖挟担図」は、中国・南宋時代(13世紀)に描かれた禅画の名品です。画面左下の「直翁」の印で知られるこの一幅は、禅宗第六祖・慧能が『金剛経』の読誦に聴き入る瞬間を、淡墨の中に濃墨を点じる罔両画様式で描き出しています。偃谿黄聞の賛が制作時期を示す貴重な作例で、1952年に国宝指定されました。拝観情報と見どころを詳しく紹介します。
東京・南青山の根津美術館が所蔵する国宝「紙本墨画漁村夕照図〈伝牧谿筆〉」は、13世紀の南宋時代に描かれたとされる水墨画の最高峰。瀟湘八景図の一図で、足利義満の鑑蔵印「道有」を捺す東山御物。夕陽の三条の光と湿潤な大気を墨だけで描き出した、数年に一度しか公開されない幻の名品です。
奈良国立博物館が所蔵する国宝「絹本著色十一面観音像」は、平安時代12世紀に描かれた絹本仏画の最高傑作です。現存する絹本著色の十一面観音像のなかで最古級に位置づけられ、密教図像にしては珍しい斜め向きの構図、繊細な截金文様、宋から伝わった新意匠など、平安貴族文化の精華を今に伝えています。1992年に国宝に指定された本図の見どころ、歴史、拝観情報をご案内します。
奈良国立博物館に伝わる国宝《牛皮華鬘》は、京都・東寺旧蔵の平安時代11世紀の仏具。牛皮を透彫し、表裏に彩色と截金を施した団扇形の荘厳具で、迦陵頻伽や宝相華唐草をあらわします。ほぼ原形を留める13枚が一括で伝わり、団扇形の革製華鬘としては日本最古の遺例です。
奈良国立博物館が所蔵する国宝「蓮唐草蒔絵経箱」をご紹介します。平安時代後期に制作され、獣皮に漆を塗り固めた希少な「漆皮製」の経箱で、金粉と青金粉を蒔き分けた研出蒔絵による蓮唐草文と飛蝶文が、王朝文化の粋を今に伝えます。福井・神宮寺に伝来した逸品です。
徳島県の観音寺・敷地遺跡から出土した木簡213点、木器・木製品292点、土器353点など計922点の重要文化財。7世紀の「論語」木簡や8世紀の「勘籍」木簡をはじめ、古代阿波国府の行政・祭祀・生活の実態を網羅的に伝える貴重な考古資料群を、入館無料のレキシルとくしまでご覧いただけます。
栃木県日光市の日光二荒山神社が伝える重要文化財「三鈷柄剣」。密教の三鈷杵をかたどった金銅製の柄に平安時代の古剣を組み合わせた、神仏習合の祈りを今に伝える稀有な宝物です。剣身と柄が当初の姿を留める数少ない遺品で、奥日光・中宮祠の宝物館で時折公開されています。
栃木県宇都宮市の大谷寺に伝わる「大谷磨崖仏」は、自然の岩窟の壁面に4組10体の仏像が彫り出された、日本を代表する磨崖仏です。本尊の千手観音をはじめ、釈迦・薬師・阿弥陀の三尊像が並び、特別史跡と重要文化財の二重指定を日本で初めて受けた極めて貴重な文化財として知られています。
奈良県葛城市・二上山の麓に建つ當麻寺本堂(曼荼羅堂)は、平安時代後期の永暦二年(1161年)に現在の姿となった和様建築の国宝。奈良時代後期の内陣を核に平安末期の外陣を架けた重層的な構造で、堂内には国宝の厨子に納められた当麻曼荼羅が安置されます。中将姫伝説ゆかりの名刹で、花の寺としても知られます。
東大寺勧進所経庫は、八幡殿の傍らに建つ校倉造の経蔵。三角材を井桁に組む正倉院と同じ工法で、平安時代前期の建立と考えられる。奈良時代の本坊経庫とは別の、寺に残る複数の校倉のひとつである重要文化財。
奈良県生駒郡斑鳩町の法隆寺境内に建つ旧富貴寺羅漢堂は、川西町の富貴寺にあった三重塔初層とみられる平安時代後期の部材を組み直した一間四方の小堂。昭和46年12月に国の重要文化財に指定された。現在は非公開である。
宇陀市榛原区赤埴の佛隆寺本堂の背後に建つ石造の小堂で、内部の五輪塔は開基堅恵の墓と伝わる。大正3年に重要文化財に指定されたが、造立年代は平安前期説と後期説が並び立つ。197段の石段と千年桜で知られる山寺にある。
法隆寺西院の東に建つ妻室は、保安2年(1121年)頃に建てられた平安後期の僧坊である。桁行二十七間、梁間二間の細長い建物で、東室の高僧に仕える僧の住居だった。組物のない簡素な造りで、化粧屋根裏をそのまま見せる。昭和17年に重要文化財に指定。