和歌山県・鎌倉
Kamakura和歌山県 の鎌倉時代(1185 – 1333)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
鎌倉幕府初代将軍源頼朝ゆかりの金剛三昧院に伝わる承元四年(1210年)銘の銅鐘。釈迦・薬師・阿弥陀・地蔵・不動の名号と九種の梵字真言を鋳出した稀少な重要文化財で、現在は鐘楼門に懸かり、撞かれることなく見学できる。
弘安十年(一二八七)に没した在俗者の遺骨を、奥之院の大師御廟近くに納めた一括。金銅宝篋印塔と鋳出銅板三尊仏像からなり、明治末に土中から発見された。中世の高野山における納骨の習俗を示す貴重な重要文化財である。
唐の詩人・白居易の文集の第三巻の一部を伝える鎌倉時代の写本で、高野山の三宝院が蔵する。平安時代以来の日本の文学を深く形づくった書物の現存最古級の古写本であり、本文の伝来を知るうえで貴重な重要文化財に指定されている。
高野山の国宝・不動堂のために造られた鎌倉時代の礼盤。導師が座して修法を勤める低い箱形の壇で、華形大壇と本来一具をなしていた。長く伝来したのちに見いだされ、同じ指定番号で重要文化財に指定された希少な遺品である。
高野山に現存する最古の堂で国宝の不動堂のために造られた鎌倉時代の大壇。華形の上段と方形の基壇の二部からなる木造の仏具で、密教の修法に用いる。箱形礼盤と本来一具をなし、格式ある堂内の設えを今に伝える重要文化財である。
正和元年(1312)の銘をもつ華形大壇は、高野山・金剛峯寺に伝わる鎌倉時代の密教大壇。蓮弁形に整えた壇に法具を四方同形に並べ、修法の場を立体の曼荼羅とする。年紀の明らかな中世の大壇として工芸史上貴重で、昭和43年に重要文化財に指定された。
鎖の帯取をもつ鎌倉時代の太刀、兵庫鎖太刀二口。元寇に際して鎌倉幕府が奉納したと伝わり、高野山の守り神を祀る丹生都比売神社に伝来する。東京国立博物館に寄託される、王朝の優雅と武の堅牢を兼ねた名品を解説する。
高野山金剛峯寺に伝わる国宝、木造諸尊仏龕。高さ約23センチの白檀を三つに分けて蝶番でつなぎ、釈迦如来を中心に二十五体を刻んだ唐代中国の仏龕で、弘法大師空海の請来と伝わる枕本尊。閉じれば携帯でき、高野山霊宝館で公開される。
膝上で定印を結ぶ胎蔵界の大日如来坐像。檜寄木造漆箔で、張りのある若々しい体躯に慶派の作風が通う鎌倉初期の作。明恵上人ゆかりの真言宗最勝寺の旧蔵で、廃寺ののち浄土宗西山派の浄教寺に伝わる。大正14年指定の古い重要文化財である。
高野山の西南、裏鬼門にあたる地に建つ別格本山西南院の本堂に安置される木造大日如来坐像。文化庁は鎌倉時代の作と記す。真然が開いた当院は重森三玲の大石庭で知られ、徳川家康寄進と伝わる経蔵も残る。昭和34年に重要文化財に指定された。
高野山遍照光院が所蔵する鎌倉時代の木造多聞天立像。北方を護る四天王の一尊で、甲冑をまとい宝塔と戟を執り、足下に邪鬼を踏む。遍照光院は空海晩年の禅定地と伝わる宿坊。明治四十一年指定の重要文化財で、高野山霊宝館の展示で公開される。
高野山壇上伽藍の不動堂に祀られた不動明王の眷属、八大童子立像。運慶とその工房の作とされる六体が国宝に指定され、水晶をはめた玉眼や一体ごとに異なる表情が見どころ。現在は高野山霊宝館の特別展でのみ公開される。
和歌山県の高野山に伝わる鎌倉時代の不動明王立像。「合体不動」の名で呼ばれ、大正14年に重要文化財に指定された。総本山金剛峯寺が所有し、現在は高野山霊宝館に収蔵されている。剣と羂索を執る忿怒の姿に、衆生を救う密教の仏の働きが込められている。
和歌山由良の興国寺に伝わる、弘安九年(一二八六)の銘をもつ法燈国師の頂相彫刻。開山の高僧をその面貌まで写実的にとらえた鎌倉時代の肖像彫刻で、寺の重宝として大切に守り継がれており、常設の展示には供されない。
高野山の塔頭・遍明院が伝える鎌倉時代の渡海文殊の一群。獅子に乗る文殊と四人の眷属が波の上を進む、物語性に富んだ形式で、一基として数えられる。現在は山の博物館である霊宝館が保管し、企画展で随時公開される。
高野山の塔頭・遍照光院が伝える鎌倉時代の持国天立像。仏法世界の東方を守る四天王の一尊で、甲冑をまとい足下に邪鬼を踏む武将形に力強くあらわされる。現在は山の博物館である霊宝館が保管し、企画展で随時公開される。
高野山に現存する最古の建造物である、金剛三昧院の国宝・多宝塔。その内陣に北条政子の時代から坐し続ける五体の如来坐像を、運慶作とする伝承や世界遺産としての位置づけ、秘仏としての公開状況を交えて紹介する。