重要文化財
Important Cultural Property日本の重要文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
長崎県の伊ノ浦瀬戸に架かる西海橋は、1955年に完成した日本初の海峡横断橋です。完成当時は固定アーチ橋として世界第3位の長さを誇り「東洋一のアーチ橋」と称されました。戦後の物資不足の中、卓越した設計・製作・施工技術が駆使された本橋は、2020年に戦後建設の橋梁として初めて国の重要文化財に指定されています。日本三大急潮のうず潮や桜の名所としても人気の観光スポットです。
長崎県平戸市の鏡川に架かる幸橋(オランダ橋)は、元禄15年(1702年)にオランダ商館由来の石造技術で建造された単アーチ橋です。国の重要文化財に指定されており、平戸が国際貿易港として栄えた時代の東西文化交流を今に伝える貴重な遺構です。
長崎市西出津町に位置する国指定重要文化財・旧出津救助院は、フランス人宣教師ド・ロ神父が1883年に私財を投じて設立した女性のための授産施設です。世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産であり、独自のド・ロ壁や明治初期の建築技術を今に伝えます。
長崎市外海地区の高台に建つ出津教会堂は、フランス人宣教師ド・ロ神父が1882年に自ら設計・建設した国の重要文化財です。2018年に世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産として登録。250年の潜伏の歴史を象徴する白亜の教会の魅力と見どころをご紹介します。
対馬南端の厳原町豆酘に建つ、19世紀中頃の瓦葺き民家。桁行13.9メートル、切妻造本瓦葺で、三間取に一間の入側を付した対馬独特の間取りと構架が評価され、昭和44年に国の重要文化財に指定された上層農家の遺構。
長崎・崇福寺の護法堂は、享保16年(1731年)に中国工匠が建てた重要文化財。中央に観音、右に三国志の関帝、左に韋駄天を祀る。扇垂木や挿肘木など黄檗様式の細部や、関帝像の頬に残る傷の言い伝えが見どころだ。
長崎市鍛冶屋町の黄檗宗・崇福寺の外門。嘉永2年(1849)に棟梁大串五郎平ら日本人工匠が再建した楼門で、龍宮門とも呼ばれる。境内で最も中国趣味が濃く、朱塗りの楼上には隠元筆と伝わる聖寿山の扁額が掲げられている。重要文化財。
長崎・崇福寺の鐘鼓楼は享保13年(1728)建立の重要文化財。上階に梵鐘を吊り太鼓を置く二重の建物で、軸部は唐人工匠、屋根回りは和様という日中の合作。丸窓や火灯窓、白壁と朱丹塗りの外観に見どころがあり、境内には国宝二棟もある。
長崎市鍛冶屋町の崇福寺に建つ媽姐門は、寛文6年(1666年)建立の三間三戸八脚門。海上守護神・媽祖を祀る媽祖堂へ通じる門で、菩薩門とも呼ばれる。前面に黄檗様式の化粧屋根裏を見せ、1972年に国の重要文化財に指定された。
平戸瀬戸を望む丘に建つ赤煉瓦の聖堂。黒島や外海から移り住んだ信徒が、棟梁・鉄川与助の設計施工により大正7年(1918年)に完成させた、彼の煉瓦造教会の到達点。八角ドームの鐘塔をいただき、2003年に国の重要文化財に指定された。
長崎市中里町に佇む旧本田家住宅は、長崎県最古の民家遺構として国の重要文化財に指定された江戸時代中期の茅葺き農家住宅です。三間取りの間取り、叉首組みの屋根構造、地元で「ももづき葺き」と呼ばれる独特の錣葺き屋根など、日本の伝統的な農家建築の貴重な姿を今に伝えています。入場無料で常時見学可能。
長崎市南山手の大浦天主堂敷地内に建つ旧羅典神学校は、明治8年(1875年)にド・ロ神父の設計で建てられた日本人カトリック司祭養成のための神学校です。木骨煉瓦造による堅牢な三階建て洋館は、禁教時代の終焉とキリスト教再興の象徴として昭和47年に国の重要文化財に指定されました。現在はキリシタン博物館として公開されています。
長野県駒ヶ根市の天台宗古刹・光前寺の境内、池中の小島に佇む桁行一間の弁天堂。1576年(天正4年)に建立された方一間入母屋造の小堂で、光前寺に現存する最古の建造物として国の重要文化財に指定されています。室町時代の手法を残す簡素ながら凛とした遺構を、中央アルプスの大自然と霊犬・早太郎伝説とともにご紹介します。
長野県上田市の国分寺三重塔は、室町時代中期に建立された国指定重要文化財。全国の旧国分寺に残る塔としては最も古く、和様を基調に禅宗様を取り入れた優美な建築美と、聖武天皇の国分寺建立の詔から続く1300年近い歴史を今に伝えます。
長野県飯山市の小菅山中腹、標高約840メートルの岩窟に寄り添うように建つ小菅神社奥社本殿は、室町時代後期(天文年間)の懸造社殿で、国の重要文化財に指定されています。修験道の遺構として全国的にも貴重な一棟で、戸隠・飯縄と並ぶ「信州三大修験霊場」の中枢として、上杉謙信ゆかりの伝承や永正5年銘の附属宮殿2基など、見どころが豊富に残されています。
長野県塩尻市片丘の小松家住宅は、18世紀初頭までに建てられたと伝わる東日本屈指の古民家です。土座と板間一室という素朴な間取りは近世農家建築の祖型を示すとされ、昭和48年に国の重要文化財に指定されました。茅葺き寄棟造りの大屋根と、300年前の名主の暮らしを今に伝える貴重な建築をご紹介します。
長野県中川村の天竜川に架かる坂戸橋は、昭和8年(1933年)に完成した鉄筋コンクリート造単アーチ橋で、令和2年に国の重要文化財に指定されました。支間70mは戦前期道路橋として現存最大、桜の名所としても親しまれる近代土木遺産の魅力をご紹介します。
長野県佐久市の中山道望月宿に佇む真山家住宅は、明和3年(1766年)に再建された旅籠兼問屋の建物で、主屋と土蔵の2棟が国の重要文化財に指定されています。出桁造りの優美な外観や白漆喰の壁、格子戸の意匠が江戸時代の宿場町の風情を今に伝えます。
長野県下高井郡山ノ内町の斜面集落に鎮まる佐野神社本殿は、天正20年(1592)に宮大工・宮崎杢丞が手がけた一間社流造・栃葺の小さな社殿です。弁柄・丹・墨で塗り分けられた柱や松竹梅の装飾など、桃山時代の鮮烈な彩色を今に伝え、県下で最も華やかな彩色本殿として昭和30年に国の重要文化財に指定されました。地獄谷野猿公苑や渋温泉・志賀高原といった山ノ内町の観光拠点と合わせて、桃山文化の息吹を感じる旅の一場面としてお薦めします。
長野県塩尻市片丘に建つ嶋﨑家住宅は、享保年間(1716〜1735年)に建てられた本棟造の最古級の民家。昭和48年に国の重要文化財へ指定された。座敷三部屋を収めるため一室を外へ張り出した平面と、座敷欄間の彫りに見どころがある。