三重県の登録有形文化財
三重県 · 登録有形文化財
三重県鈴鹿市石薬師町の石薬師文庫閲覧所。歌人・国文学者の佐佐木信綱が還暦を記念して昭和7年に故郷へ贈った文庫の建物で、L字形の切妻屋根とクリーム色のモルタル壁、大きな窓をもつ。今も地域の図書館として親しまれる。
三重県伊勢市河崎にある天保年間の建設と考えられる土蔵。桁行3間半、梁間2間半ほどの2階建で、西面に出入口を構える。敷地の最も奥にあり内部は非公開。平成13年(2001年)に国の登録有形文化財となった。
三重県伊勢市河崎にある天保6年(1835年)建設の衣装蔵で、棟木の墨書により屋敷内で最古と分かる建物。南面に観音扉を構え、現在は内蔵資料館として展示室に使われる。平成13年(2001年)に国の登録有形文化財となった。
三重県伊勢市河崎にある大正期の洋風建築で、建築面積は9.0平方メートル。桟瓦葺の和風の屋根の下に、暖炉を備えた1室だけの洋間を収める。平成13年(2001年)11月20日に国の登録有形文化財となった。
三重県伊勢市河崎にある明治中期の土蔵で、主に漬物製造に用いられた建物。平屋建の前室と2階建の後室からなり、北面の高い位置に開く2つの窓が特徴。現在は貸室で、平成13年(2001年)に国の登録有形文化財となった。
三重県伊勢市河崎にある明治中期の土蔵で、建築面積102平方メートルは館の蔵7棟で最大。平屋建の前室を広くとる構成に特色がある。現在は展示室として使われ、平成13年(2001年)に国の登録有形文化財となった。
三重県伊勢市河崎にある昭和初期の鉄筋コンクリート造平屋建で、建築面積は12平方メートル。陸屋根のパラペットに瓦を載せ、外壁下部を洗い出し仕上げとする。平成13年(2001年)に国の登録有形文化財となった。
三重県伊勢市河崎にある昭和初期の鉄筋コンクリート造の工作物。間口2.5メートル、高さ約6メートルの塔で、足元に2連の欠円アーチをもつ。平成13年(2001年)11月20日に国の登録有形文化財となった。
三重県伊勢市河崎にある旧小川酒店の中心の建物で、伊勢河崎商人館の12棟のうち最も大きい。明治中期の木造2階建で、街路へ鍵型に突き出す正面と下見板張の外壁が目を引く。平成13年(2001年)に国の登録有形文化財となった。
三重県伊勢市河崎にある明治中期の木造2階建で、建築面積は15平方メートル。棟から軒へわずかに膨らむ起りの屋根をもち、現在は河崎文庫の書庫に使われる。平成13年(2001年)に国の登録有形文化財となった。
三重県伊勢市河崎にある慶応3年(1867年)建設の土蔵。勢田川に背を向けて並ぶ3棟の東端にあり、不整形な敷地のため平面は菱形になる。現在は店舗が入り、平成13年(2001年)に国の登録有形文化財となった。
三重県伊勢市河崎にある明治25年(1892年)建設の酒蔵。勢田川沿いに並ぶ3棟の西端にあり、北妻面の庇を隣の南蔵二と共有している。現在は店舗が入り、平成13年(2001年)に国の登録有形文化財となった。
三重県伊勢市河崎にある明治25年(1892年)建設の酒蔵。勢田川沿いに並ぶ3棟の中央にあって最も大きく、鬼瓦の銘と野面積の基礎が見どころになる。現在は店舗が入る。平成13年に国の登録有形文化財となった。
三重県伊賀市上野西日南町の一乃湯本館。上野城下町の銭湯の大正15年建築の木造2階建で、唐破風屋根の玄関を張り出し、1階は脱衣所、2階は湯上がりの座敷。和風の意匠に浴場入口のテラコッタやアーチの洋風意匠を交える。
三重県伊賀市上野西日南町の一乃湯門。銭湯一乃湯の本館正面の通りに面して大正15年に建てられた門で、花崗岩の石柱と鉄製の門扉・鉄柵から成る。上部に昭和25年の開業時の屋号と温泉マークのネオン看板が取り付く。
三重県伊賀市上野桑町のいとう旅館本館。明治後期に建てられ昭和33年に増築された木造2階建の旅館建築で、中庭を囲んで東棟・西棟・北棟を配する。十畳の主室は格縁を黒漆塗りとし鳳凰などを描いた格天井で、良質な茶屋建築の趣を伝える。
三重県伊賀市小田町の上野市上水道水源地送水機関室。昭和11年に旧上野市で初めて上水道が布設された際の鉄筋コンクリート造平屋建の送水施設で、石張りの腰壁やバルコニー付き玄関に素朴な意匠を見せる。三重県で最初の登録有形文化財。
三重県伊賀市上野中町の中心街に大正11年(1922年)に建てられた木造3階建の建物。倉庫から趣味・教養施設を経て現在はカフェ。1階を花崗岩の石貼り、上階をモルタル塗りとし、戦前の繁栄を伝える。登録有形文化財。
梅田家住宅表蔵は三重県名張市上八町の初瀬街道に面する慶応2年(1866年)の土蔵で、2012年に登録有形文化財となった。主屋の北に接して妻面を街道に向け、亀甲積の基礎・海鼠壁の腰・漆喰の白壁で仕上げる。
梅田家住宅主屋は三重県名張市上八町の初瀬街道に東面して建つ慶応2年(1866年)の町家で、2012年に登録有形文化財となった。低い建ちの正面に出格子と虫籠窓が並び、内部は通り土間の脇に8畳4室を田の字に組む。