長野県・明治
Meiji長野県 の明治時代(1868 – 1912)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
長野県小川村の薬師沢石張水路工は、明治時代から昭和にかけて地元住民の手により築かれた国登録有形文化財。フォッサマグナ近くに位置するこの石積み砂防施設は、約1.3kmの散策道とともに四季折々の美しさを見せてくれます。
長野県東筑摩郡麻績村に残る芦澤第三号石積堰堤は、明治20年(1887年)に築かれた国の登録有形文化財。「六つ巻」空石積工法による砂防施設の歴史と見どころ、アクセス情報をご紹介します。
長野県千曲市桑原の荏沢川最上流に残る明治十七年頃の砂防堰堤。堤長十三メートル、下流面を一割六分の緩勾配で築き、延長七・二メートルの水叩を連ねて河床を安定させ、地すべりから集落を守る。平成二十一年登録。
長野県千曲市桑原の荏沢川に残る明治十七年頃の砂防堰堤。堤長三十五メートルに対し堤高三・七メートル、水通し部に大石、左右十メートル超の袖部に小石を用いる。現存四基のうち最も大きく、平成二十一年に登録有形文化財となった。
長野県千曲市桑原の荏沢川最下流に立つ明治十七年頃の砂防堰堤。堤長十二メートルと現存四基で最も小さく、天端はなわだるみ形状をとる。砂防法以前、内務省直轄による初期砂防施設の一つで、平成二十一年に登録有形文化財となった。
長野県松本市の牛伏川支流・合清水沢に築かれた、明治時代の石積砂防堰堤。令和3年(2021)に国の登録有形文化財に登録。高さ7.8m、堤長17.5m。優美な曲線状の水通しと、上流の緩勾配の堆砂地が見どころで、内務省による明治期砂防事業の貴重な現役遺産です。
松本市保福寺町の小澤家、屋敷地西辺に東面して建つ南土蔵。明治四十一年の建築で、軒先まで漆喰を塗り込めて垂木形を見せ、腰は海鼠壁とする。一階は中央土間と両脇の板敷からなる実用本位の蔵。
長野県辰野町の旧小野宿南端に東面して建つ、明治38年建築の木造二階建て庁舎。外壁は漆喰塗に下見板を回し、二階の旧議事堂は畳敷きに棹縁天井という座敷仕立てとする。明治期の村役場建築の好例として、平成30年に登録有形文化財となった。
明治41年頃、松本歩兵第五十連隊の糧秣庫として建てられた煉瓦造平屋建。桁行36.3メートル、イギリス積の外壁に欠円アーチ窓が並び、小屋組はキングポストトラス。現在は信州大学医学部資料室として使われています。
長野県軽井沢町に残る旧ライシャワー家別荘は、明治後期に建てられた登録有形文化財です。米国長老派宣教師オーガスト・K・ライシャワーが営み、駐日大使エドウィン・ライシャワーが幼少期を過ごした杉皮張りの別荘は、軽井沢の別荘文化の一典型として高く評価されています。
犀川沿いの川中島地方、もと庄屋・小林家住宅の正門脇に建つ薫蒸蔵。土塀と一体に門構えを形づくり、亀甲石積の上に水平線を強調した洋風の軒をのせる。明治期の構法を伝える登録有形文化財で、住宅は一般に公開されている。
長野県塩尻市、中山道本山宿に建つ小林家住宅主屋。屋号は川口屋。明治2年の大火後に再建された大型旅籠で、木曽地域でも珍しい二重出梁づくりが特徴です。秋山家・田中家と三棟が連なり、宿場の町並みを今に伝えます。
長野市南部に残る五明家住宅離れ座敷は、明治前期の木造平屋建。寄棟造に下屋をまわし、主座敷には床・トコ脇・付書院と六角形の棹縁天井を備える。2010年登録の有形文化財で、書院造の凝った造作が見どころ。個人住宅のため非公開。
長野市の旧家・五明家の屋敷に残る、畳一間ほどの小さな二階建文庫蔵。切石積の基礎に立ち、漆喰塗の白壁と、東面の庇を受ける雲紋の持送りが目を引く。明治前期の建築で、昭和12年頃に改修。平成22年に国の登録有形文化財となった。
長野県上田市上塩尻に残る登録有形文化財。明治30年建築の土蔵造二階建の穀蔵で、蚕卵紙を国内外に送り出した蚕種の里の暮らしを今に伝える。指定と登録の違いや、本家藤本との関わり、見学の手がかりもあわせて紹介する。
蚕都と呼ばれた上田の上塩尻に建つ、蚕種家・三ツ引佐藤家の蚕室。棟全体にのびる越屋根と南北の窓が、蚕の温湿度を調える通気の工夫を伝える。明治中期の登録有形文化財で、私邸につき外観のみ見学できる。
長野県佐久市協和の佐藤家住宅奥土蔵は、主屋の西に建つ桁行6.6m梁間3.7mの土蔵造二階建。招屋根の味噌部屋を付設し、内部は板床とする。2011年登録の有形文化財で、通りに顔を向けない屋敷の裏側を担う一棟。
長野県佐久市協和の佐藤家住宅勘定部屋は、通り沿いの石垣上、伴部屋と東土蔵に挟まれて建つ木造平屋建。両下造桟瓦葺で、内部は土間床、南面に米櫃を造り付ける。2011年登録の有形文化財で、家の商いを担った一棟。
長野県佐久市協和の佐藤家住宅伴部屋は、通り沿いの石垣上に建つ木造二階建。建築面積21平方メートル、一階は出格子、二階は出窓として持ち出し、軽快な正面をつくる。2011年登録の有形文化財で、四棟のうち最小の一棟。
長野県塩尻市広丘原新田にある国登録有形文化財「島木赤彦寓居」は、アララギ派を代表する歌人・島木赤彦が明治42年から2年間校長として過ごした本棟造の下宿「牛屋」。令和4年に塩尻短歌館横の歌碑公園に移築され、現在は一般公開されています。