国宝
National Treasures都道府県、時代、種類別に日本の国宝を閲覧できます。寺院、神社、城、美術館での見どころを分かりやすく解説し、地図や旅行のヒントもご紹介します。
三重県伊勢市の朝熊山経ケ峯の経塚から出土した一括の遺物で、三つの経塚ごとに品目が整理されている。銘から年代は1159年から1173年とされ、昭和38年(1963年)に国宝へ指定された。線刻鏡像を4面含む。
滋賀県大津市の崇福寺跡から出土した一括の遺物で、近江神宮が所有する。昭和13年の発掘で塔の心礎側面の舎利孔から見つかり、緑ガラス製の舎利容器を金・銀・金銅の箱が入れ子で包む。昭和27年に国宝へ指定された。
大阪府高槻市真上から出土した奈良時代の金銅製墓誌で、大阪歴史博物館が保管する。銘文に始祖からの系譜と官職、没年、葬地が刻まれ、年代は天平宝字6年(762年)。昭和27年(1952年)に国宝へ指定された。
大阪府にある鎌倉時代の太刀で、身長73.3センチメートル、反り2.4センチメートル。茎が生ぶで助包の銘が残り、地は小板目肌に乱映えが立つ。昭和32年(1957年)に国宝へ指定された。所有者は個人である。
大分県宇佐市の宇佐神宮宝物館にある鎌倉時代の磬で、肩幅28.8センチメートル。承元3年(1209年)に法印祐清が弥勒寺金堂へ施入したことが銘文から分かり、基準作として貴重とされる。昭和28年に国宝へ指定された。
鳥取県湯梨浜町の経塚から出土した平安時代の遺物で、一括で指定されている。経筒の銘文から、僧京尊が慈尊の出現に備え康和5年(1103年)に築いたことがわかる。昭和28年(1953年)に国宝へ指定された。
大阪府柏原市の松岡山から出土した銅板の墓誌で、東京の三井記念美術館が所蔵する。銘に戊辰年十二月の殯葬が刻まれ、戊辰年は668年にあたる。昭和28年に重要文化財、昭和36年に国宝へ指定された。員数は1面。
奈良時代の青銅製の伏鉢で、和銅8年(715年)の銘をもつ。三重塔の相輪の一部にあたり、塔そのものは現存しない。銘文から寺の造営過程が分かり、昭和28年(1953年)に国宝へ指定された。員数は1箇である。
福岡市博物館が所蔵する弥生時代の純金製の印で、一辺2.3センチメートル、重さ108グラム。天明4年に志賀島で発見され、印面の五文字は王朝名・民族名・部族名の順という漢の外交制度を示す。昭和29年に国宝へ指定された。
福岡県の沖ノ島にある宗像大社沖津宮の祭祀遺跡から出土したと伝えられる遺物。「伝」は出土地が確定していないことを示し、出土地が確かな出土品とは別件として、昭和37年(1962年)に一括で国宝へ指定された。
福岡県の求菩提山から出土した平安時代の銅板経で、九州国立博物館が保管する。康治元年(1142年)の造顕で、納める金銅の筥の図像は数少ない平安時代の絵画資料とされる。昭和28年(1953年)に国宝へ指定された。
福岡県の沖ノ島にある宗像大社沖津宮の祭祀遺跡から出土した遺物。鏡、人形、武器類、唐三彩、金銅龍頭など内容は多彩で、古墳時代から平安時代に至る上代祭祀の状況を伝える。昭和37年に一括で国宝へ指定された。
福岡県福津市の宮地嶽神社境内にある7世紀前半の円墳から出土した副葬品。金銅装馬具や推定全長2.8メートルの頭椎大刀、金銅透彫冠などを含み、昭和27年(1952年)に一括で国宝へ指定された。石室の長さは全国2位。
愛知県西尾市にある鎌倉時代の仏堂で、桁行3間、梁間3間。孫庇の吹き放ちや蔀戸など平安の貴族住宅と共通する技法をもち、住宅風の阿弥陀堂として昭和30年に国宝へ指定された。愛知県内最古の木造建造物である。
愛媛県松山市の石手寺にある楼門で、文保2年(1318年)の建立と伝える。三手先の腰組が回縁を支え、正面と背面の蟇股が鎌倉期の特徴を備えた傑作と評される。昭和27年(1952年)に国宝へ指定された1棟。
愛媛県今治市の大山祇神社が所蔵する平安時代の大鎧で、員数は1領。萌黄・黄・紅の三色の糸で沢瀉を象り、縦取りに威している。文化庁は現存鎧中最古のものとし、昭和29年(1954年)に国宝へ指定されている。
愛媛県今治市の大山祇神社が所蔵する唐時代の白銅鏡で、径26.8センチメートル、員数は1面。葡萄の蔓を地文とし、内区に孔雀・鳳凰・狻猊、外区に小禽小獣を配する。昭和28年(1953年)に国宝へ指定された。
愛媛県今治市の大山祇神社が所蔵する鎌倉時代の太刀拵で、総長96.3センチメートル。牡丹唐草文を部位ごとに毛彫や高彫など五通りに彫り分ける。昭和30年に国宝へ指定された。指定の対象は拵であり刀身は含まない。
茨城県の土浦市立博物館が保管する南北朝時代の短刀で、身長23.5センチメートル、員数は1口。観応元年(1350年)八月の年紀をもつ。筑前左文字派の行弘の作で、昭和32年(1957年)に国宝へ指定された。
岡山市の吉備津神社本殿及び拝殿は、応永32年(1425年)に足利義満の命で再建された社殿。入母屋を前後に連結する比翼入母屋造は他に例がなく、文化庁は由来を不明としている。昭和27年に国宝へ指定された。