室町
Muromachi室町時代(1336 – 1573)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
備前市西片上の真光寺に立つ室町時代中期の三重塔。慶長6年(1601年)に牛窓の蓮華頂寺から移されたとされ、総高18.24メートル。初重の蟇股に月輪と梵字を彫り、内部にはろう石製の大日如来座像を安置する。
備前市西片上の真光寺本堂。応永年間に再建された三間堂を永正13年(1516年)に五間堂へ改修した入母屋造の仏堂で、外陣の大虹梁に室町の彫り、内陣の厨子に桃山の彩色が残る。昭和28年に重要文化財に指定された。
岡山県岡山市北区上高田の鼓神社宝塔は、貞和2年(1346年)造立の国指定重要文化財。花崗岩製で高さ約4.15メートル、岡山県内最大の石造宝塔である。塔身に大日如来を彫り、基礎に孔雀文様や蓮華を刻む。境内は終日自由。
中山神社本殿は岡山県津山市一宮にある永禄2年(1559年)の本殿で、重要文化財。入母屋造・妻入に向唐破風の向拝を付け檜皮で葺く形式は中山造と呼ばれ、美作地域の多くの神社建築の手本になったとされている。
岡山市北区下足守、葦守八幡宮の表参道に立つ八幡神社鳥居は、康安元年(1361年)の刻銘をもつ花崗岩製の両部鳥居。高さ約4.3メートル、石工妙阿の作で、1956年に重要文化財に指定。見どころと見学方法を紹介。
倉敷市西阿知町の遍照院に建つ三重塔。昭和41〜42年の解体修理で応永23年(1416年)再建の墨書が見つかり、年代が確定した。和様三手先の組物や板彫式蟇股など室町前期の細部と、西阿知駅からの行き方を紹介する。
岡山県総社市の宝福寺で仏殿の背後の高みに建つ永和2年(1376年)の三重塔。方三間・本瓦葺・丹塗りで総高18.47メートル、心柱を初層の天井で止める。県内で2番目に古い塔で、昭和2年に国の指定を受けた重要文化財。
岡山県美咲町の本山寺に立つ国指定重要文化財の宝篋印塔。基礎に建武2年(1335年)の銘をもつ花崗岩製で、総高約184センチ。正面に阿弥陀如来を彫り、三重塔の脇に立つ境内最古の建造物。室町初期石塔の名品です。
岡山県美咲町、岩間山の中腹に建つ本山寺本堂。観応元年(1350年)建立の折衷様で、寄棟造・檜皮葺に向唐破風の向拝を備えた県内屈指の古建築である。法然ゆかりの天台古刹に立つ国指定の重要文化財として知られる。
岡山県倉敷市児島の本荘八幡宮に立つ花崗岩の明神鳥居。左柱に応永28年(1421年)の年号を刻む。年代の確かな室町時代初期の作例として、全国の石鳥居を年代づける基準作とされ、重要文化財に指定されている。
岡山県瀬戸内市牛窓町の本蓮寺中門は、二本の柱だけで屋根を支える棟門形式の門。室町後期、明応頃の建立と伝わり、一般の棟門と異なる細部の構造から、1970年に重要文化財に指定された。港を見下ろす境内の西端に建つ。
岡山県瀬戸内市牛窓町の本蓮寺境内に建つ番神堂は、ひとつの覆屋の中に東祠・中祠・西祠の三棟が並ぶ重要文化財です。1468年から1500年へ建て継がれた三棟の造りの違い、三十番神の信仰、拝観と行き方をまとめました。
岡山県瀬戸内市牛窓町の本蓮寺本堂は、棟木の墨書銘から1492年の再建とわかる室町時代後期の重要文化財です。組物を用いない簡素な軒まわり、朝鮮通信使を迎えた境内の歴史、拝観の可否とアクセスをまとめました。
餘慶寺本堂は岡山県瀬戸内市邑久町北島の餘慶寺にある永禄13年(1570年)の本堂で、重要文化財。天台宗寺院の五間仏堂で、木柄が太く質もよく、須弥壇と厨子も同時代のもの。室町時代末の伝統的な密教本堂の遺構として重要とされる。
吉川八幡宮本殿は岡山県加賀郡吉備中央町吉川の吉川八幡宮にある応永15年(1408年)の本殿で、重要文化財。桁行五間の入母屋造・こけら葺で、正面に一間通りの庇を付ける。吉川八幡宮は石清水八幡宮の別宮と伝え、10月の当番祭で知られる。
岡山市北区の山中に建つ古刹・金山寺に伝わる金山寺文書は、1969年に国の重要文化財に指定された7巻52通の古文書群です。平安末期から江戸初頭までの430年余にわたり、国司安堵状、幕府や六波羅探題の下知状、寺領の寄進状などが収められ、附の『金山観音院縁起』には開山・報恩大師と臨済宗の祖・栄西の生涯が記されています。中世日本の地方寺院と権力との関係を生き生きと映し出す稀有な史料です。
那覇・首里城公園に残る旧円覚寺放生橋は、1498年建立の石造桁橋。沖縄戦で失われた王家の菩提寺・円覚寺で唯一現存する建造物で、中国産の輝緑岩を用いた欄干と蓮座上の獅子の彫刻は琉球石彫の最高作とされる。
園比屋武御嶽石門は沖縄県那覇市首里真和志町にある1519年の石造の門で、重要文化財。国王が外出のとき旅路の安泰を祈願したと伝わる御嶽の拝所で、戦前は国宝だったが戦災で大破し、1957年に旧位置に復旧された。
那覇市泊に残る旧崇元寺第一門及び石牆は、琉球王国の国廟だった崇元寺の正面を飾る三連アーチの石門と石垣で、1527年以前の築造とされる。沖縄戦の被災から戦後すぐに修復され、昭和47年に重要文化財となった。見学は無料。
那覇市首里の円鑑池に架かる1502年の石造単アーチ橋。経蔵の中島へ渡る観蓮橋として架けられ、のち弁財天を祀って天女橋と呼ばれた。中央を高くした駝背橋の形式で、沖縄で最も整ったアーチ橋の遺構とされている。