昭和
Shōwa昭和時代(1926 – 1989)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
宮城県登米市登米町、寝具店角田屋の奥に建つ昭和5年(1930年)の座敷蔵。豪商山田家の分家山軍が建て、2階の8畳座敷は欅の柱や床框を透き漆で仕上げ、建具にも漆を掛ける。令和3年(2021年)登録有形文化財。
宮城県登米市登米町の商店街に面して建つ昭和前期の総欅造りの棟門。間口2.3m、切妻造桟瓦葺で、一枚板の欄間、渦紋の持送り、雲と鶴を透かし彫りした懸魚など社寺風の彫刻を備える。令和3年(2021年)登録有形文化財。
宮城県登米市登米町の商店街に東面して建つ昭和前期の店蔵。土蔵造2階建、建築面積76㎡の寄棟造で、1階の腰を石張り、開口をガラス戸と鉄格子とし、2階には床の間の部屋を備える。令和3年(2021年)に登録有形文化財となった。
宮城県登米市登米町の通り側に建つ昭和前期の文庫蔵。土蔵造2階建、建築面積20㎡と敷地で最小ながら、銅板で覆った庇と石造りの床下換気口を備え、商蔵と一連の建築とみられる。令和3年(2021年)登録有形文化財。
蔵の郷土館齋理屋敷外灯は、宮城県丸森町の齋理屋敷の庭の中央に立つ昭和前期の石造の外灯。丸森産花崗岩の円柱に鉄の支柱とガラスの火屋を載せ、S字の支えで飾る。近代化を伝える工作物の見どころと見学方法を紹介する。
蔵の郷土館齋理屋敷電線用石柱は、宮城県丸森町の庭に立つ昭和前期の石造の電柱。丸森産の花崗岩で高さ5.4メートル、中ほどに碍子を残す。電灯会社を興した齋藤家の近代化を伝える工作物の見どころと見学方法を紹介する。
蔵の郷土館齋理屋敷避雷針用鉄塔は、宮城県丸森町にある昭和前期の鉄骨造の避雷塔。高さ26メートル、アングル材をワーレントラスに組み、個人宅の避雷設備として珍しい。いまも稼働する塔の見どころと見学方法を紹介する。
宮城県大河原町の佐藤家の屋敷で、主屋南東の内塀の外に建つ昭和14年頃の井戸屋。面積1.7平方メートル、三方吹放ちで中央に木製井筒の井戸を据える。丸太の柱と、西面の竪格子に菱格子を組んだ格子細工が見どころ。
宮城県大河原町の佐藤家の屋敷で、主屋前の庭園や食堂前、新座敷の内庭を仕切る昭和14年頃の塀。総延長75メートルで、軒先を鉄板葺として軽く見せ、内庭側に割竹を張る。腕木門の板戸を違い菱で飾る登録有形文化財。
宮城県大河原町の佐藤家の屋敷で主屋の北西に建つ昭和14年頃の土蔵。桁行13メートルの2階建で、東・南面の開口部を腕木から軒先まで塗り込め鳥居枠で飾る。小屋組はキングポストトラス、階段はT字形の登録有形文化財。
宮城県大河原町の奥州街道に面した佐藤家の屋敷の正門と外塀で、昭和14年頃の建築。表門は間口3.2メートルの薬医門で、太い柱と冠木に疎垂木の軽い屋根を架ける。外塀は総延長54メートル。通りから見られる登録有形文化財。
宮城県大河原町の醤油醸造家、佐藤屋の7代目が昭和14年頃に新築した主屋。中庭を囲んで接客・居住・台所を振り分け、部屋数は30を超える。娯楽室と寝室だけを洋間とし、出窓や天窓に洋風を見せる登録有形文化財。
宮城県大河原町の佐藤家の屋敷の東端、五行稲荷社の西に建つ神明造の小祠。昭和前期に奉安殿として建てられ、昭和20年代に移築された。木製の壇に載り、棟持柱を立て鰹木6本を飾る。柱の太い良質な小祠と評価される。
宮城県大河原町の佐藤家の屋敷で、五行稲荷社と神宮小祠のある境内の西面南端に立つ昭和前期の石造神明鳥居。高さ2.4メートル、柱間1.8メートルで、直径17センチの円柱をやや内転びに立て、屋敷神の区域を画す。
仙台市青葉区八幡町の国道48号沿いに南面して建つ、仙台味噌醸造元の店舗兼住宅。昭和11年(1936年)建築の切妻造の2階建店舗の背後に平屋の住居部が付き、仙台旧市街に多かったセガイ造りの商家の形式を伝える。
石巻市田代島の臣屋阿部家住宅で敷地南面の階段脇に建つ昭和29年(1954年)の隠居屋。入母屋造2階建で、簓子下見板張りの外観に手摺付き出窓を廻し、2階に海を望む接客の座敷を設けた、漁家の屋敷の近代的な一棟である。
宮城県登米市の佐沼総鎮守・津島神社の神輿殿は、昭和3年(1928)に佐沼鉄道の佐藤鐵郎が御神輿とともに奉納した建物。明治45年の佐沼大火後に十年余を費やした境内復興の最後を飾る社殿で、令和6年に本殿・拝殿とともに国の登録有形文化財に登録された。
定義如来西方寺御守授所は、御廟貞能堂の前に昭和2年に建てられた授与所。桁行2.9メートルの小さな建物だが入母屋造銅板葺の屋根を載せ、東面と北面をガラス戸とする。今も御札やお守り、御朱印を授けている。2018年登録。
定義如来西方寺御廟貞能堂は、平貞能の墓の上に建つと伝わる昭和2年の六角堂。宝塔屋根と裳階状の廻廊、向拝や風神雷神の彫刻を備え、旧本堂の柱や梁を残す。平成11年(1999年)まで本堂で、今は堂内で写経ができる。
定義如来西方寺山門は昭和7年に気仙大工の花輪喜久蔵が建てた三間一戸の二重門。上層正面に軒唐破風を付け、虹梁から上を唐獅子・三猿・十二支などの彫刻で埋め、通路には猿の造形がある。平成30年(2018年)に登録。