大正
Taishō大正時代(1912 – 1926)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
大正13年頃、木曽川町役場の倉庫として建てられた収蔵室。柱と壁を鉄筋コンクリート造とし、木造キングポストトラスを架ける。白色モルタルや軒蛇腹で土蔵を写した、近代工法による防火倉庫の好例である。
大正13年(1924年)、木曽川町が建てた町会議事堂。南北に細長い木造2階建で、吹き抜けの議場に格天井と傍聴席を備える。2006年登録の有形文化財で、現在は木曽川資料館の主屋として無料公開されている。
愛知県岡崎市に建つ登録有形文化財。剣道部専用の道場として大正15年に建てられ、関東大震災を受けて鉄筋コンクリート造を採用した。外壁はゼツェッション意匠、小屋は鋼材と木材の混構造トラスで柱のない大空間を架け渡す。
愛知県半田市の県立半田高等学校に建つ登録有形文化財。大正13年、旧制の愛知県半田中学校の武道場として建てられた鉄筋コンクリート造平屋建で、県内の旧制中学校に残る同種の建物では最も古い。平成30年の改修を経て現在も使われている。
旧磯部家住宅裏座敷は愛知県犬山市の商家の裏手、中庭の奥に建つ大正期の座敷建築。木造平屋建、建築面積38平方メートル。入母屋造の屋根に対し角材の質実な構えで、低く抑えた軒が印象に残る。入館は無料である。
愛知県新城市の旧大野銀行(大野宿鳳来館)本館は、大正14年に東三河初の民間銀行の本店として建てられた鉄筋コンクリート造2階建の建築。設計施工は志水正太郎。交差点の角を丸めた外観が特徴で、登録有形文化財として喫茶ギャラリーに活用されている。
本證寺の内堀南東に建つ大正9年(1920年)築の農家主屋。一段高い仏間と説法のため開け放てる六間取が、西三河平野部の真宗信仰を映す。2024年に国の登録有形文化財となり、史跡である境内から外観を望める。
名古屋・文化のみち二葉館の裏手に立つ旧川上貞奴邸蔵。外壁は鉄筋コンクリート造、内部は木造の二階建で、大正期の大邸宅を支えた登録有形文化財です。女優・川上貞奴と電力王・福澤桃介の物語とあわせて、その小さな構えの見どころを紹介します。
「電力王」福沢桃介が女優・川上貞奴のために大正期に建てた和洋折衷の邸宅「二葉御殿」。現存部を名古屋市東区橦木町に移築・復元し、文化のみち二葉館として公開する。ステンドグラスや当時の調度品が、大正期の先進的な暮らしぶりを今に映している。
愛知県犬山市の城下町東端、魚屋町通りに建つ大正12年の町家。二間四方の部屋を2階に9室並べ、正面は当初「ばんこ二階」と呼ぶ低い中2階だった。近世以来の形式を残す建物として平成27年に国の登録有形文化財となった。
愛知県新城市乗本の黄柳川に架かる大正7年の鉄筋コンクリート造アーチ橋。アーチスパン30.3メートルは架設当時の国内最長で、路面を支える細い柱は横梁を通して井桁状に組まれる。平成10年に国の登録有形文化財となった。
愛知県知多市岡田に建つ旧中七木綿本店北蔵は、大正3年頃の土蔵造2階建。桁行9.1メートル、建築面積78平方メートル。南隣の蔵と蔵前が一連に続き、北面のみに窓を開く。平成29年に登録有形文化財となった。
愛知県知多市岡田の旧中七木綿本店作業所・寄宿舎は、大正3年頃の木造で建築面積190平方メートル。平屋の作業所と2階建の寄宿舎が東西に接続し、梱包の場と住まいが壁一枚で隣り合う。平成29年に登録有形文化財となった。
愛知県知多市岡田の旧中七木綿本店主屋(旧事務所)は、大正3年建築の木造2階建で建築面積61平方メートル。黒漆喰の外壁と屋号入りの鬼瓦を持ち、昭和20年に移築された。平成29年に登録有形文化財となった。
愛知県知多市岡田の旧中七木綿本店長屋門は、大正3年頃の木造平屋建で建築面積90平方メートル。矩折れ平面で敷地の南・東面を画し、間口19メートルの棟に納屋と旧食事室、浴室、賄い部屋を収める。平成29年に登録された。
愛知県知多市岡田の旧中七木綿本店塀は、大正3年頃の木造・瓦葺で延長6.2メートル。敷地の高低差に応じて棟を三段に下げ、下見板張の上部を漆喰塗とし、要所に格子窓を開く。平成29年に登録有形文化財となった。
愛知県知多市岡田の旧中七木綿本店南蔵は、大正3年頃の土蔵造2階建で建築面積107平方メートル。桁行9.1メートル、正面に奥行二間の蔵前を付け、窓は2階南面のみに開く。平成29年に登録有形文化財となった。
旧林家住宅主屋及び裏座敷は一宮市起にある大正2年建築の住宅。明治24年の濃尾地震で倒れた起宿脇本陣の跡に再建され、昭和初期に裏座敷が増築された。平成14年に登録有形文化財となり、現在は資料館別館として1階を公開。
大正三年に建てられた旧事務所で、瓦葺の入母屋屋根を洋小屋で受けている。かつては旧街道に西面し、内部には商いの帳場の痕跡を今に残す。瀬戸川北岸に建つ山繁商店の、創業まもない頃の表の顔ともいえる一棟である。
大正三年に建てられた土蔵造二階建で、壁を塗籠とする。一階は作業場としての「モロ」の形式をとり、出荷前の陶磁器の箱詰の作業を担った。働く蔵としての性格がよく見える、瀬戸川北岸の倉庫群のなかに残る一棟である。