東京都の重 要 文 化 財
Important Cultural Property of 東京都東京都に所在する重要文化財。
東京国立博物館が所蔵する太刀〈銘備州長船景光〉は、鎌倉末期に備前長船派を率いた名工景光の作。儀礼に装われた糸巻太刀拵が附属し、昭和二十五年に重要文化財へ指定された。小板目肌に立つ乱映りと、片落ち互の目の静かな刃文が見どころである。
東京国立博物館が収める重要文化財の太刀。備前長船の刀工・政光が康安元年(1361)十一月に鍛えた一口で、師・兼光の作風を継ぐ相伝備前の特色を示す。政光の年紀作のうち現存最古とされ、約四十年に及ぶ作刀活動の起点に位置づけられる。
元弘四年(1334年)二月、備前長船の名工景光が打った刃長73.3センチの太刀で、晩年の典型作。重要文化財だが現在は所在不明で、文化庁の所在不明文化財一覧に載る。本記事では作風と来歴、関連作を見られる場所を紹介する。
備前長船の名工・長光が正安二年(一三〇〇年)に鍛えた在銘の太刀。刃長七七・三センチ、生ぶ茎を保ち、腰に三鈷剣と梵字を彫る鎌倉期の重要文化財。現在は所在の確認できない指定品とされ実物は観られず、同工の作を観る手立てもあわせて案内する。
貞和二年(一三四六年)に備中の青江派・次吉が鍛えた刃長八一・五センチの太刀。逆丁子の刃文をもつ重要文化財だが、現在は所在不明となっており、文化庁が情報提供を求めている。見学できる青江派の作とあわせて紹介する。
東京都内に個人蔵される重要文化財の太刀。茎に「正恒」の二字銘を残す。正恒は古備前を代表する名と伝わるが、現存作には作風の差があり同銘工が複数いたと考えられている。本作は鎌倉時代に位置づけられ、昭和25年に指定された一口である。
備中国の青江派・守次が鎌倉時代に鍛えた太刀。小板目に澄肌の交じる地鉄と穏やかな中直刃を備えた古青江の典型作で、裏には箱根権現への奉納を示す「壬子」の金象嵌銘が残る。昭和25年に重要文化財へ指定された、東京都の個人蔵の一口である。
外務省外交史料館が所蔵する重要文化財「通信全覧」(320冊)と「続通信全覧」(1784冊)は、安政6年(1859)から慶応4年(1868)の幕末10年間に交わされた外交文書を体系的に編纂した、日本初の本格的な外交文書集です。ペリー来航や生麦事件など歴史的事件の一次史料を含む約2000巻にのぼるこの記録群は、平成28年(2016年)に重要文化財に指定されました。麻布台ヒルズ森JPタワー5階の展示室で関連史料を無料で見学できます。
東京都内に伝わる「南部家文書」は、八戸南部家(のちの遠野南部家)に伝来した中世文書243通からなる国指定重要文化財です。鎌倉時代から江戸初期までの文書がすべて未表具のまま伝わり、北畠顕家・顕信兄弟の国宣・御教書や曽我文書を含むなど、南北朝時代の奥州の政治情勢を立体的に伝える貴重な史料群です。
8〜9世紀に書写された日本書紀神代上巻断簡は、日本最古の正史『日本書紀』の現存最古級の写本のひとつです。古本系統に属し、訓点を伴わない純粋な漢文として、日本神話の根幹をなす天地開闢や国生みの物語を伝える重要文化財。歌人・国文学者の佐佐木信綱の旧蔵品としても知られる、東京の地に守り伝えられた稀少な一葉をご紹介します。
埼玉県熊谷市上中条から出土し、東京国立博物館に収蔵される埴輪馬(重要文化財)は、古墳時代6世紀の馬形埴輪の最優品のひとつです。轡・馬鐸・鐙・杏葉など精緻な馬具表現を持ち、古代日本の騎馬文化と権力の象徴を今に伝えます。
江戸時代中期の装剣金工師・土屋安親による重要文化財の鐔。鉄地に高彫と金象嵌で日の出と群千鳥を表現した、奈良三作の一人による傑作刀装具を紹介します。
平安時代の最高権力者・藤原道長が自ら書写し、寛弘4年(1007年)に大和金峯山の山頂に埋納した紺紙金字法華経の残闕。東京国立博物館所蔵の本品は、日本最古級の経塚遺物であり、道長の信仰と平安貴族の末法思想を今に伝える重要文化財です。
瑜伽師地論巻第七十八は、奈良時代の僧・行信が一切衆生の救済を願って発願した約二千七百巻の写経の一巻。行信の没後、弟子が神護景雲元年(767年)に完成させた重要文化財で、全長十二メートルを超える巻子です。
択捉島に生まれた横山松三郎は、母の肖像を残すため独学で写真術を習得した。本資料群83点は弟松蔵が身を寄せた函館の高田家に伝わり、コロジオン湿板の原板や写真油絵、技術書を含む。2023年に重要文化財に指定された写真師の記録である。
応永の外寇の翌年、回礼使として来日した朝鮮の文人宋希璟が、漢城と京都を往復した九か月の旅を漢詩と序につづった紀行詩文集。海賊や農村、港町の暮らしを率直に書きとめた、朝鮮人による現存最古の日本紀行とされる。
南宋の禅僧・虚堂智愚の筆になる重要文化財の墨蹟。蠟を引いた料紙に書かれた点が指定名称に掲げられた特色である。大徳寺の法系の祖師として、虚堂の書は茶席の掛物の第一に重んじられた。昭和十四年に旧国宝へ指定。東京都内の個人蔵で常設公開はない。
茎に「六十一歳」と自らの年齢を刻む、新刀鍛冶の祖・埋忠明寿による脇差。元和4年(1618年)、晩年の一作で、重要文化財。短刀の多い明寿には珍しい中寸の刀であり、自ら彫った彫物と相州伝を意識した刃文が見どころとなる。
東京都の個人が所蔵する重要文化財「新身来国光」は、鎌倉時代末期の山城・来派を代表する刀工来国光が鍛えた平造の脇指。身幅広く重ねの厚い堂々とした姿で享保名物帳に載り、会津藩主保科正之から徳川将軍家へと伝わった一口である。
東京国立博物館が所蔵する紙本著色浜松図屏風は、室町時代15世紀、浜松図として現存最古の六曲一双。雲母地に金銀の箔を撒き、月明かりのような柔らかな輝きで荒波と松、漁をする小舟の海辺を描く、伝土佐光重筆の重要文化財。