重要文化財
Important Cultural Property日本の重要文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
長野県諏訪市のサンリツ服部美術館が所蔵する重要文化財「紙本著色三十六歌仙切〈(中務)/佐竹家伝来〉」は、鎌倉時代13世紀に制作された「佐竹本三十六歌仙絵」の断簡の一葉です。平安時代中期の女流歌人・中務の姿を描いたこの一幅は、伝・藤原信実の筆と伝わる似絵の精華であり、母・伊勢譲りの繊細な歌風を伝える代表歌「うぐひすの 声なかりせば 雪消えぬ 山里いかで 春を知らまし」が、伝・後京極良経の流麗な仮名で添えられています。大正8年(1919年)の「絵巻切断」事件を経て今に伝わる王朝美術の至宝を、諏訪湖畔の静かな美術館でご覧いただけます。
鞘全体を亀甲繋文の金薄板で包んだ桃山時代の腰刀拵。鍔を持たない合口造で、中身は室町時代の山城・信国の小脇指。刀身には不動・毘沙門の梵字を彫る。獅子の金具は後藤家と考えられ、細川幽斎・三斎の所用と伝わる重要文化財。
東京・永青文庫が所蔵する重要文化財「銀杯」。中国・洛陽金村の墓から出土したと伝わる三口で、鍍金の残る耳杯、游環の下がる鍛造の匏状杯、底や側面に刻まれた銘など、古代中国の銀器と金工技術を間近に見られる逸品です。
1854年、ペリー遠征に随行した写真家エリファレット・ブラウン・ジュニアが撮影した銀板写真(田中光儀像)は、外国人が日本国内で日本人を撮影した現存最古の写真の一枚として、2006年に国の重要文化財に指定されました。浦賀奉行所与力として日米交渉に携わった田中光儀の凛とした姿が、写真技術の黎明期を物語る貴重なダゲレオタイプに刻まれています。東京都写真美術館(恵比寿ガーデンプレイス内)に寄託。
江戸時代前期の僧侶・古典学者である契沖(1640〜1701)の自筆草稿群。『万葉代匠記』や『和字正濫鈔』など、日本の古典研究と国語学の基礎を築いた画期的著作の原稿を含む重要文化財です。
東京都に伝わる剣〈銘光忠〉は、鎌倉時代中期の備前長船派の祖・光忠が銘を切った稀少な両刃の直刀である。太刀を得意とした光忠の剣は例が乏しく、昭和四十九年に重要文化財へ指定された。刃長二七・〇センチ、両鎬造の量感ある姿を示す。
東京国立博物館が所蔵する重要文化財「絹本淡彩山中結廬図〈浦上玉堂筆/寛政四年の自賛がある〉」は、江戸後期の文人画家・浦上玉堂が四十八歳、脱藩の二年前に描いた紀年銘付きの貴重な山水画です。藍や代赭を用いた明るい色彩のなかに、晩年様式への萌芽が感じられる名品の魅力をご紹介します。
昭和28年指定の重要文化財。鎌倉時代の絹本著色による愛染明王の一幅で、東京都の個人が所有する。三目六臂・朱赤の身色や宝瓶上の月輪に坐す図像、煩悩即菩提を体現する尊の意味と密教の愛染法、同種の作例を見られる施設までを解説する。
東京国立博物館が所蔵する鎌倉時代の絹本著色阿弥陀三尊像。皆金色の三尊が雲に乗って降りる立像来迎図で、截金や群青を駆使した、来迎図のなかでも異例に大きな一幅。福島県いわき市の如来寺に伝来し、大正4年に重要文化財に指定された。
東京都内に個人所蔵される重要文化財「絹本著色一遍上人絵伝断簡〈(江之島)/(歓喜光寺本)〉」は、正安元年(1299年)制作の国宝「一遍聖絵」の系譜に連なる鎌倉時代の絹本絵画。江之島という中世の聖地が描かれた1幅で、昭和34年に重要文化財に指定された希少な遺品です。
「絹本著色鶉図〈『雑華室印』ノ印アリ〉」は、南宋時代に中国で描かれた一幅の花鳥画で、室町幕府六代将軍・足利義教の鑑蔵印「雑華室印」が捺されています。後に「東山御物」と総称される足利将軍家の中国絵画コレクションに連なる重要文化財として、東京都内の個人によって大切に守り伝えられている貴重な一作です。
昭和34年に重要文化財へ指定された絹本著色の掛軸。明末清初を代表する画家・藍瑛が、雨上がりの夏山を潤んだ墨で描いた一幅。浙派の最後を飾る巨匠の手になり、江戸の文人画にも影響を与えた作品と、その鑑賞の手がかりを紹介する。
天平勝宝5年に渡日した唐の高僧鑑真を描いた絹本著色の肖像画。鎌倉時代の作で、東京都に所在する重要文化財。所有者や寸法は国の記録になく、唐招提寺の国宝坐像へ連なる鑑真肖像の系譜に位置づけられる一幅です。
東京の個人が所蔵する鎌倉時代の絹本著色画。長く御所の図とされ「貴紳邸宅図」と名づけられたが、秋山光和は『伊勢物語』第八十三段、雪の小野に惟喬親王を訪ねる在原業平の場面と比定した。絹に描かれた最古級の伊勢物語絵である。
東京都にある重要文化財「絹本著色五秘密像」は、平安時代に描かれた密教絵画の一幅。中尊の金剛薩埵を欲・触・愛・慢の四金剛が囲み、煩悩即菩提を説く理趣経の世界をあらわす。遺例の少ない貴重な図像として昭和九年に指定された。
寛永十八年(1641年)に狩野探幽が描いた茶人・佐久間将監(実勝)の肖像。没する前年に写された寿像で、画面には実勝の庵を開いた大徳寺龍光院の江月宗玩と、幕府随一の儒者・林羅山の賛が並ぶ。古田織部らに学んだ茶人の姿を今に残す重要文化財。
明代初期の宮廷画家・石鋭が描いた絹本著色探花図は、十五世紀の中国絵画の至宝として日本に守り継がれてきた重要文化財です。文人が早春の花を求めて山野を巡る情景を、群青・緑青・金泥を駆使した華麗な青緑山水様式で描き出した一幅。石鋭の現存作品は中国本土でも極めて稀少で、日本における中国絵画コレクションの白眉といえる名品です。東京国立博物館の特別展などで折に触れて公開される機会があります。
虫と魚を絹に描いた全12図の画帖で、各図に漢詩を添える。渡辺崋山が天保12年(1841)に弟子の椿椿山へ送った最晩年の作で、その約一か月後に崋山は世を去った。弱肉強食を寓した憂国の作とも読まれ、重要文化財に指定。岡田美術館蔵。
東京に伝わる重要文化財「絹本著色八字文殊曼荼羅図」は、現存する八字文殊曼荼羅としては最古の遺品。鎌倉時代前期に制作された本図は、文殊菩薩と八大童子が獅子を伴わず蓮華座のみに坐す独自の図像と、十六個の謎めいた円相を備え、平安絵画の余韻を残す優美な作風で知られる。日月蝕や地震など天変地異の鎮静を祈る密教修法の本尊として用いられた、中世日本の祈りを今に伝える稀有の名宝です。
東京都港区南青山の根津美術館に伝わる重要文化財「絹本著色普賢十羅刹女像」は、平安時代末期12世紀後半に描かれた一幅の仏画です。六牙の白象に坐す普賢菩薩を中心に、唐装の十羅刹女と天童を配し、法華経信仰が宮廷の女性たちの間で盛んであった時代の精神性と美意識を今に伝えます。截金文様の繊細な技巧、平安仏画ならではの優美な描写は、日本独自の図像が成立した時期を知るうえで欠くことのできない佳品です。