重要文化財
Important Cultural Property日本の重要文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
東京都にある重要文化財「絹本著色五秘密像」は、平安時代に描かれた密教絵画の一幅。中尊の金剛薩埵を欲・触・愛・慢の四金剛が囲み、煩悩即菩提を説く理趣経の世界をあらわす。遺例の少ない貴重な図像として昭和九年に指定された。
寛永十八年(1641年)に狩野探幽が描いた茶人・佐久間将監(実勝)の肖像。没する前年に写された寿像で、画面には実勝の庵を開いた大徳寺龍光院の江月宗玩と、幕府随一の儒者・林羅山の賛が並ぶ。古田織部らに学んだ茶人の姿を今に残す重要文化財。
明代初期の宮廷画家・石鋭が描いた絹本著色探花図は、十五世紀の中国絵画の至宝として日本に守り継がれてきた重要文化財です。文人が早春の花を求めて山野を巡る情景を、群青・緑青・金泥を駆使した華麗な青緑山水様式で描き出した一幅。石鋭の現存作品は中国本土でも極めて稀少で、日本における中国絵画コレクションの白眉といえる名品です。東京国立博物館の特別展などで折に触れて公開される機会があります。
虫と魚を絹に描いた全12図の画帖で、各図に漢詩を添える。渡辺崋山が天保12年(1841)に弟子の椿椿山へ送った最晩年の作で、その約一か月後に崋山は世を去った。弱肉強食を寓した憂国の作とも読まれ、重要文化財に指定。岡田美術館蔵。
東京に伝わる重要文化財「絹本著色八字文殊曼荼羅図」は、現存する八字文殊曼荼羅としては最古の遺品。鎌倉時代前期に制作された本図は、文殊菩薩と八大童子が獅子を伴わず蓮華座のみに坐す独自の図像と、十六個の謎めいた円相を備え、平安絵画の余韻を残す優美な作風で知られる。日月蝕や地震など天変地異の鎮静を祈る密教修法の本尊として用いられた、中世日本の祈りを今に伝える稀有の名宝です。
東京都港区南青山の根津美術館に伝わる重要文化財「絹本著色普賢十羅刹女像」は、平安時代末期12世紀後半に描かれた一幅の仏画です。六牙の白象に坐す普賢菩薩を中心に、唐装の十羅刹女と天童を配し、法華経信仰が宮廷の女性たちの間で盛んであった時代の精神性と美意識を今に伝えます。截金文様の繊細な技巧、平安仏画ならではの優美な描写は、日本独自の図像が成立した時期を知るうえで欠くことのできない佳品です。
鎌倉〜南北朝時代に東福寺で活躍した画僧・良全による絹本墨画の白鷺図。中国水墨画技法の受容と日本独自の表現への変容を示す貴重な重要文化財であり、初期日本水墨画の芸術的到達点を伝える個人蔵の逸品です。
東京国立博物館が所蔵する重要文化財「太刀 名物大三原」は、刃長約80.9センチに及ぶ長大な太刀で、備後国三原派の古三原正広の作と伝わる名刀です。豊臣秀吉の愛刀から浅野幸長へ、そして安芸広島藩浅野家へと受け継がれた由緒ある一振りで、刀剣鑑定家・本阿弥光徳による金象嵌銘が施されています。
東京都内の個人が所蔵する重要文化財「太刀〈銘安芸国入西/永仁五年閏十月日〉」は、鎌倉時代後期、永仁五年(1297)閏十月に鍛えられた稀少な太刀です。作者の入西は、もと筑前の法師鍛冶で、後に大左(左文字)へと続く九州古典派の系譜の早い段階に位置する刀工。永仁年間に安芸国へ移住し、安芸国における最古の在銘刀工として記録されています。在銘・在年紀の現存作は本作と永仁三年銘の二振のみで、史料的価値の極めて高い一振です。
防州白崎八幡宮へ奉納された南北朝・貞和三年(1347年)の太刀。岩国の領主源兼胤の願いにより備前畠田の守吉が鍛え、刃のない無焼刃と一対で捧げられた。戦後に所在不明となり近年ふたたび確認された重要文化財。
鎌倉時代の備前で鍛えられた在銘・生ぶ茎の太刀。作者助包は古備前とも初期福岡一文字とも伝わる。腰反の古調な姿、小板目肌に立つ乱映え、直刃調に小乱れの交じる穏やかな刃文が見どころ。重要文化財で、東京の個人が所有する。
東京国立博物館が所蔵する重要文化財。古備前の刀工・助包が鎌倉時代に鍛えた在銘の太刀で、身長73.3センチ、反り2.4センチ。腰反りの古い姿に小板目肌と淡い乱映りが立ち、磨上げを受けない生ぶ茎に銘を残す。
東京都の個人が所蔵する太刀〈銘為清〉は、備前一文字派の為清が鎌倉時代に鍛えた一口。刃長77.2センチで、丁子乱れの刃文と地中に淡く浮かぶ乱映を示し、昭和16年に重要文化財へ指定された為清現存作中の傑出作である。
東京都の個人が所蔵する重要文化財、太刀〈銘長光〉。鎌倉後期の備前長船を代表する名工による在銘・生ぶ茎の一振りで、丁子乱れの華やかな刃文と備前刀特有の映りが見どころ。附属する桃山時代の打刀拵もあわせて紹介する。
東京都内に個人蔵として伝わる、鎌倉時代後期の備前長船・長光による太刀。刃長72.9センチ。丁子主調の刃文に乱映りが立ち、磨り上げのない生ぶ茎に二字銘を残す重要文化財で、長光の作風と備前刀の見どころをたどる。
鎌倉時代後期、備前長船派の長光が鍛えた太刀。長光は一派の祖・光忠の子で、隆盛の基礎を築いた。丁子に互の目を交えた華やかな刃文と乱映りが見どころ。磨上げはわずかで当初の姿をよく残す重要文化財。個人蔵で非公開。
茎に「信房作」と三字を刻む重要文化財の太刀。尾張徳川家二代の光友が寄進した一口で、古備前とも一文字とも伝わり年代の見方が分かれる。現在は所在不明だが、致道博物館の国宝をはじめ近い作例を公開施設で見られる。
鎌倉時代の刀工・久国の二字銘をもつ重要文化財の太刀。後鳥羽院の御番鍛冶に数えられた山城粟田口派の作と考えられ、梨子地の地鉄に沸深い刃文を見せる。現在は所在不明で、文化庁の所在不明文化財の一覧に掲載されている。
東京国立博物館が所蔵する太刀〈銘備州長船景光〉は、鎌倉末期に備前長船派を率いた名工景光の作。儀礼に装われた糸巻太刀拵が附属し、昭和二十五年に重要文化財へ指定された。小板目肌に立つ乱映りと、片落ち互の目の静かな刃文が見どころである。
東京国立博物館が収める重要文化財の太刀。備前長船の刀工・政光が康安元年(1361)十一月に鍛えた一口で、師・兼光の作風を継ぐ相伝備前の特色を示す。政光の年紀作のうち現存最古とされ、約四十年に及ぶ作刀活動の起点に位置づけられる。