神奈川県の登録有形文化財
神奈川県 · 登録有形文化財
横浜市西区の丘に建つ旧川本家住宅主屋は、京浜電気鉄道の隧道開削に伴い昭和8年に新築された建築面積231平方メートルの近代和風住宅。廊下と棚で各室の独立性を高めた平面をもち、令和6年に国の登録有形文化財となった。
神奈川県大磯町の駅前に建つ旧木下家別邸は、大正元年に貿易商の別荘として建てられた木造洋館です。日本最初期の枠組壁工法とされ、平成24年に国の登録有形文化財となりました。現在はレストランとして営業しています。
藤沢市鵠沼にある旧後藤医院鵠沼分院は、昭和8年に東京・小石川の医院の分院として建てられた木造平屋建です。高い床、二重の出窓、三ヶ所の越屋根が通風を担います。国の登録有形文化財で、現在は鵠沼橘市民の家として使われています。
旧近藤邸は神奈川県藤沢市鵠沼東にある大正14年(1925年)の別荘で、登録有形文化財。フランク・ロイド・ライトに学んだ遠藤新の設計で、辻堂から移築された。T字形の平面に屋上の露台を設け、水平線を強調した外観にライト風の意匠が見られる。
旧長濱検疫所一号停留所は、明治28年完成の長濱検疫所の上等船客用の停留所で、平成30年に登録有形文化財となった。令和7年に横浜市金沢区の海の公園に移設復元され、2026年夏頃の活用開始に向け準備が進む。
旧南湖院第一病舎は神奈川県茅ヶ崎市南湖にある明治32年(1899年)の結核療養所の病棟で、登録有形文化財。木造2階建の下見板張りで、上げ下げ窓とペディメントを飾った窓を並べ、採光と通風に配慮する。南湖院記念太陽の郷庭園で外観を見学できる。
神奈川県箱根町湯本の正眼寺庫裏は、昭和6年建立の木造平屋建。入母屋造平入で前面に縁を廻し、本堂への渡廊下が屋内廊下と接続してほぼ中廊下式の平面をなす。北東隅の八畳間に付書院を設け、平成14年に国の登録有形文化財となった。
神奈川県箱根町湯本の正眼寺本堂は、明治37年頃に銀行家今村繁三の別荘として建てられ、昭和7年に移築された木造平屋建。三方に一間幅の畳廊下と半間の縁を廻す書院造で、平成14年に国の登録有形文化財となった。
遊行寺の石垣及び築地塀は、惣門の左右に矩折れにのびて門前の広場を区画する。石垣は安山岩切石を高さ約一・九メートルに布積し延石を廻らす。江戸末期の築造で、近世以来の門前の様相を保ち、歴史的景観に寄与するものとして登録された。
遊行寺の宇賀神社は、境内北奥に鎮座する建築面積三・六平米の小社。宇賀神を祀り、軒唐破風付の入母屋造妻入とし、火灯枠風の妻破風や籠彫の持送など特異な意匠を示す。最小規模ながら彫刻を凝らし、明治前期の建立で登録有形文化財となった。
遊行寺の回向堂は、本堂北西の高台に建つ方一間裳階付の小堂。回向の法要に用いられ、宝形造銅板葺の屋根の下に折上小組格天井を張る。仏壇上に中世風の蟇股を据え、昭和前期の建立で登録有形文化財となった。
遊行寺の小書院は、御番方後方の山裾に渡廊下で結ばれて建つ接客の書院。遊行上人の公式法務や賓客接待に用いられ、南北二列の室が床構えの奥室で締めくくられる対面所風の平面をもつ。明治前期の建立で登録有形文化財。
遊行寺の御番方は、住居部正面中央に建つ接客の建物。軒唐破風付の大振りな入母屋玄関を精緻な彫刻で飾り、遊行上人の出立に用いた。大正二年の建立で、六間取方丈形式の内部をもち、歴史的景観に寄与するものとして登録された。
遊行寺の鐘楼は、石積基壇に建つ方一間の吹放し。昭和九年の建立で、八角柱を内転びに立て貫三段で固める。吊る梵鐘は延文元年銘の県指定重要文化財で、境内中枢の景観に寄与するものとして登録された。
遊行寺の惣門は、高さ約七・二メートルの黒い大型冠木門。地元では黒門と呼ばれ、旧東海道の藤沢宿に面して立つ。明治前期の建立で、左右の石垣・築地塀とともに国土の歴史的景観に寄与するものとして登録された。
遊行寺本堂前の手水舎は、方一間の吹放しながら濃密な彫刻で飾られる。明治前期の建立で、籠彫の木鼻や組物間の鳥獣彫刻、妻飾りの流水の笈形を備え、国土の歴史的景観に寄与するものとして登録された。
遊行寺の百間廊下は、本堂と御番方を結ぶ長い渡り廊下。境内の起伏に応じて勾配や段差をとりながら屈曲し、漆喰壁に火灯窓を連ねる。御廟所などの礼拝所も備え、昭和十二年に登録有形文化財となった。
時宗総本山・清浄光寺の本堂は、桁行梁間とも約三〇メートルに及ぶ木造の大堂である。中央の内陣を三方から外陣と脇陣が囲む時宗本堂の平面を示し、昭和十二年の再建で造形の規範として登録された。
神奈川県川崎市の昭和電工川崎工場本事務所は、昭和6年(1931年)に昭和肥料の本事務所として扇町の埋立地に建てられた鉄筋コンクリート造2階建。低い車寄と縦長の窓が並ぶ簡潔な外観で、現在も事務所として使われる。
市立港中学校門柱は横浜市中区山下町の市立港中学校の門で、昭和3年(1928年)の震災復興事業で架けられた花園橋の親柱を移設したもの。登録有形文化財。アールデコ調の石柱に鋳鉄製の照明を載せ、横浜の震災復興橋梁の親柱で最大規模である。