神奈川県の登録有形文化財
神奈川県 · 登録有形文化財
總持寺仮真殿は明治44年(1911年)、能登から鶴見への本山移転に際し真牌を祀るため建てられた開山堂で、現在は位牌堂。擬宝珠高欄付の階段と廊下で位牌堂と結ばれる独特な構成をもつ。令和5年に登録された。
神奈川県平塚市土屋字秦ノ前にある主屋1棟である。分類の欄は江戸であるが、年代の欄のほうは明治の1883年から1897年になっている。平成31年(2019年)に登録された1棟の古い農家の主屋にあたるもの。
神奈川県横浜市南区大岡にある昭和13年(1938年)竣工の校舎。横浜高等工業学校の本館として建てられ、昭和56年から附属横浜中学校が使用している。平成12年(2000年)12月4日登録の登録有形文化財。
神奈川県葉山町のイエズス孝女会修道院旧館は、大正3年(1914年)に旧東伏見宮の葉山別邸として建てられた洋館。設計は木子幸三郎で、塔屋や下見板張の外壁、セセッションの細部、広いサンルームと高さのある和室をもつ。
秦野市本町、五十嵐商店の敷地後方に建つ木造二階建の倉庫。建築面積27平方メートル。モルタルの外壁に目地を刻んで石造風に見せ、小屋組は登梁形式。震災復興期の耐火意識が裏庭にまで及んだ、2017年登録の登録有形文化財です。
秦野市本町、第一号倉庫の南に建つ木造平屋建。間口一・二メートル、奥行一・八メートル、建築面積2.2平方メートル。軒の出を造らず壁から屋根までモルタルで塗込めた、登録有形文化財としては最小級の一棟です。
秦野市本町、店舗兼主屋と第一号倉庫のあいだに建つ木造二階建の倉庫。建築面積27平方メートル。小屋組に洋式のキングポストトラスを用い、新たな技法を取り入れた一棟として2017年に登録有形文化財となりました。
岩本楼ローマ風呂は神奈川県藤沢市江の島の老舗旅館にある昭和5年(1930年)頃の洋風浴室で、登録有形文化財。ガラスのドームを架け、壁泉やベネチア窓風の飾りをタイルとテラコッタでつくり、孔雀模様のステンドグラスをはめる。
大山寺本堂は神奈川県伊勢原市大山の中腹にある明治18年(1885年)の真言宗寺院の本堂で、登録有形文化財。方五間の入母屋造で、正面の向拝は木鼻の龍をはじめ彫刻にあふれ、大山詣の隆盛を伝える大型の近代仏堂である。
神奈川県藤沢市の盛岩寺境内に建つ大正13年(1924年)の商家。遊行寺門前の薬問屋の店舗兼住居として建てられ、昭和13年に農家の母屋へ、平成26年に寺の薬師堂へと二度移された。平成29年に登録有形文化財となった。
神奈川県鎌倉市腰越の宝善院境内地に建つ昭和11年(1936年)の和洋折衷住宅。東京駅丸ノ内本屋を手がけた葛西萬司の設計で、中廊下の南に和室と広縁、南西隅に洋風の玄関ポーチを配す。令和2年に登録有形文化財となった。
旧加地邸は葉山町一色に昭和3年(1928年)に完成した住宅で、ライトに学んだ遠藤新の設計。大谷石と水平に伸びる軒が特徴の国登録有形文化財。現在は一棟貸しの宿として使われ、館内の見学は日程を決めて開かれるツアーで可能。
神奈川県鎌倉市浄明寺にある昭和4年(1929年)建築の洋風住宅。華頂博信侯爵の自邸として建てられ、外観はハーフティンバー形式、南にフランス式庭園を配す。庭園は通年無料公開、建物内部は春秋の年2回公開される。
旧神奈川県営湘南水道鎌倉加圧ポンプ所は鎌倉市長谷の大仏隧道の鎌倉口にある昭和11年(1936年)の鉄筋コンクリート造のポンプ所で、登録有形文化財。スクラッチタイル貼の外壁に縦長窓を並べ、階段まわりを幾何学的意匠で飾る。
神奈川県葉山町一色の斜面に建つ大正11年頃の木造平家建別邸。憲法起草者の金子堅太郎が、御用邸付属邸の用地買収を受け海辺の旧地から移り住んだ。松の間には変木の床柱と梅花をすかした銅板欄間が残る。令和3年に国の登録有形文化財に登録。非公開。
神奈川県葉山町一色にある昭和15年頃の木造2階建住宅。金子堅太郎が数え88歳の米寿の年に、後妻のため恩賜松荘の隣へ建てた。一階は移築部材による農家風、二階は銘木の数寄屋風と、対照的な意匠を重ねる。令和3年に国の登録有形文化財に登録。非公開。
神奈川県鎌倉市の旧鎌倉図書館は、関東大震災で失われた町立図書館に代わり、寄付により昭和11年(1936年)に建てられた木造2階建の建物。懸魚付きの大きな切妻屋根と緑青釉スクラッチタイルの腰をもつ和洋折衷の意匠が特徴。
神奈川県鎌倉市雪ノ下にある昭和17年(1942年)頃建築の木造2階建洋館。映画の輸入配給に尽くした川喜多長政の別邸で、北東隅の半円アーチのポーチが特徴。令和3年に登録有形文化財となったが、私有のため非公開である。
旧川本家住宅内蔵は、横浜市西区の屋敷地に残る明治32年建築の家財蔵。土蔵造2階建、建築面積17平方メートルの小規模な蔵で、昭和8年に主屋北西へ移築された。隧道開削以前から存在し、敷地で最も古い建造物にあたる。
旧川本家住宅表門及び石垣は、横浜市西区の屋敷地の東面と北面を矩折れに区画する昭和8年頃の工作物。間口1.8メートルの表門と、凝灰岩をブラフ積とした総延長70メートルの石垣からなり、令和6年に国の登録有形文化財となった。