神奈川県・明治
Meiji神奈川県 の明治時代(1868 – 1912)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
總持寺仮真殿は明治44年(1911年)、能登から鶴見への本山移転に際し真牌を祀るため建てられた開山堂で、現在は位牌堂。擬宝珠高欄付の階段と廊下で位牌堂と結ばれる独特な構成をもつ。令和5年に登録された。
神奈川県平塚市土屋字秦ノ前にある主屋1棟である。分類の欄は江戸であるが、年代の欄のほうは明治の1883年から1897年になっている。平成31年(2019年)に登録された1棟の古い農家の主屋にあたるもの。
旧横浜正金銀行本店本館は横浜市中区南仲通に建つ明治37年(1904年)の石造3階建の銀行建築で、重要文化財。明治30年代を代表する洋風建築で、関東大震災で被災したドームを復原し、神奈川県立歴史博物館として使われている。
大山寺本堂は神奈川県伊勢原市大山の中腹にある明治18年(1885年)の真言宗寺院の本堂で、登録有形文化財。方五間の入母屋造で、正面の向拝は木鼻の龍をはじめ彫刻にあふれ、大山詣の隆盛を伝える大型の近代仏堂である。
旧川本家住宅内蔵は、横浜市西区の屋敷地に残る明治32年建築の家財蔵。土蔵造2階建、建築面積17平方メートルの小規模な蔵で、昭和8年に主屋北西へ移築された。隧道開削以前から存在し、敷地で最も古い建造物にあたる。
旧長濱検疫所一号停留所は、明治28年完成の長濱検疫所の上等船客用の停留所で、平成30年に登録有形文化財となった。令和7年に横浜市金沢区の海の公園に移設復元され、2026年夏頃の活用開始に向け準備が進む。
旧南湖院第一病舎は神奈川県茅ヶ崎市南湖にある明治32年(1899年)の結核療養所の病棟で、登録有形文化財。木造2階建の下見板張りで、上げ下げ窓とペディメントを飾った窓を並べ、採光と通風に配慮する。南湖院記念太陽の郷庭園で外観を見学できる。
神奈川県箱根町湯本の正眼寺本堂は、明治37年頃に銀行家今村繁三の別荘として建てられ、昭和7年に移築された木造平屋建。三方に一間幅の畳廊下と半間の縁を廻す書院造で、平成14年に国の登録有形文化財となった。
遊行寺の宇賀神社は、境内北奥に鎮座する建築面積三・六平米の小社。宇賀神を祀り、軒唐破風付の入母屋造妻入とし、火灯枠風の妻破風や籠彫の持送など特異な意匠を示す。最小規模ながら彫刻を凝らし、明治前期の建立で登録有形文化財となった。
遊行寺の小書院は、御番方後方の山裾に渡廊下で結ばれて建つ接客の書院。遊行上人の公式法務や賓客接待に用いられ、南北二列の室が床構えの奥室で締めくくられる対面所風の平面をもつ。明治前期の建立で登録有形文化財。
遊行寺の惣門は、高さ約七・二メートルの黒い大型冠木門。地元では黒門と呼ばれ、旧東海道の藤沢宿に面して立つ。明治前期の建立で、左右の石垣・築地塀とともに国土の歴史的景観に寄与するものとして登録された。
遊行寺本堂前の手水舎は、方一間の吹放しながら濃密な彫刻で飾られる。明治前期の建立で、籠彫の木鼻や組物間の鳥獣彫刻、妻飾りの流水の笈形を備え、国土の歴史的景観に寄与するものとして登録された。
神奈川県箱根町二ノ平の箱根小涌園迎賓館は、明治8年に愛甲郡中津村の名主宅として建てられ、昭和28年に現在地へ移築された木造2階建。階上を蚕室とした養蚕農家特有の外観をよく残し、平成13年に国の登録有形文化財となった。
箱根町の早川に架かる箱根登山鉄道早川橋梁は、明治21年に英国で製作され東海道本線天竜川橋梁に使われた桁を大正6年に移設したものです。「出山の鉄橋」として知られる国の登録有形文化財で、現役の鉄道橋では日本最古とされます。
富士屋ホテルアイリーは神奈川県箱根町宮ノ下の富士屋ホテルの敷地南方の斜面に建つ明治17年(1884年)の木造2階建で、登録有形文化財。創業まもない時期の建物で昭和10年(1935年)に移築された。最初期のリゾートホテル施設の数少ない遺構。
明治30年、横浜は揚水をやめるため取水地点を道志川上流の青山へ移した。高さ4.6メートルの玉石詰鉄柵造取入堤と英国グラスゴー製の導水鉄管2条から成る旧青山取水口は、平成10年に国の登録有形文化財となった稼働施設内の遺構である。
道志川右岸に築かれた一辺34.2メートルのコンクリート造沈殿池。第1回拡張工事の遺構として川井・野毛山の両浄水場へ送水し、国土の歴史的景観に寄与するとして平成10年に国の登録有形文化財となった。第2回拡張時に規模は約半分へ縮小されている。
龍口寺鐘楼は藤沢市片瀬の龍口寺境内に建つ明治14年建築の鐘楼で、昭和44年に移築され、令和3年に登録有形文化財となった。内転びの丸柱と三斗詰組、格天井を備え、梵鐘「延寿の鐘」は拝観時間内なら誰でも撞ける。
横浜・神奈川県立金沢文庫が守る国宝。北条実時の金沢文庫と菩提寺の称名寺に伝わった聖教1万6692点と文書4149通からなり、書状の裏に仏典を写した紙背文書を含む、鎌倉武家社会の実像にせまる第一級の史料群です。
明治三十二年、東京・歌舞伎座の裏庭で撮影された『紅葉狩』は、日本人が撮影した現存最古の映画です。九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎という明治を代表する歌舞伎の名優二人の至芸を伝える唯一の動画記録であり、平成二十一年に映画フィルムとして史上初めて重要文化財に指定されました。本記事では、撮影に至る経緯、重文指定の意義、原版を保管する国立映画アーカイブ相模原分館と、京橋の本館で楽しめる展示・上映までを、海外からの旅行者にもわかりやすく紹介します。