鎌倉
Kamakura鎌倉時代(1185 – 1333)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
石川県白山市の白山比咩神社が所蔵する国宝「剣 銘吉光」。刃長22.9センチ、粟田口藤四郎吉光作の名剣が徳川将軍家から前田家へ渡り白山の神前に奉納された経緯と、石川県立美術館での公開・鑑賞方法を案内する。
文永10年(1273年)、佐渡流罪中の日蓮が著した主著『観心本尊抄』の自筆原本。富木常忍宛の添状と春日山蒔絵筥とともに国宝に指定され、千葉県市川市の中山法華経寺で700年余り守られてきた鎌倉時代の遺文である。
千葉県市川市の法華経寺支院・浄光院に伝わる重要文化財「絹本著色日蓮上人像」。両手に経巻を開いて読誦する鎌倉時代の日蓮を、胡粉や朱、大和絵の彩色で写実的に描き、信徒が「水鏡の御影」と呼んできた一幅を紹介します。
千葉県匝瑳市の長徳寺が伝える国の重要文化財。四頭の六牙白象に支えられた蓮華座に、二十本の手をもつ普賢延命菩薩が坐す鎌倉後期の絹本著色画。金泥の肌や截金に時代の特色が表れる。公開は年1回、1月下旬の日曜のみ。
千葉県の香取神宮に伝わる古瀬戸黄釉狛犬は、瀬戸で焼かれた阿吽一対の陶製狛犬。高さ十七センチ台と小さく、手びねりに篦描きの毛並み、朽葉色の黄釉と荒い貫入が見どころ。中世の陶製狛犬は数例しかなく、昭和二十八年に重要文化財へ指定された。
令和5年に国の重要文化財となった小網寺の金銅密教法具20点。金剛盤などに刻まれた「金澤審海」の銘は、東京湾対岸の称名寺を開いた高僧とのつながりを示す。館山市立博物館で会える中世密教の優品を紹介します。
弘安元年、幕府が計画したという宗論の風聞を受け、かねて公場対決を待ち望んでいた日蓮が、身延山で歓喜のうちに認めた自筆の返書です。縦31.5センチ、本文21行。昭和43年指定、千葉・本土寺所蔵の重要文化財です。
成田山仏教図書館が所蔵する『住吉物語』は、鎌倉末期に写された現存最古の写本「成田本」。継母にしいたげられた姫君が大阪の住吉へ逃れ、長谷観音の夢告で救われる擬古物語で、本文研究の基礎となる重要文化財である。
千葉県松戸市の本土寺が伝える重要文化財「大学三郎御書」。鎌倉で滅んだ比企一族にただ一人生き残り、日蓮の庇護者となった比企能本に宛てた縦30.2cm・全長3.8mの書状を、あじさい寺として知られる古刹とともに紹介します。
延慶2年(1309)、亡き願主・実政の追善のために実胤が鋳造させた金銅の地蔵菩薩坐像。香取神宮の本地仏として造られた観福寺の懸仏4躯の一つで、先に造られた釈迦・観音の二躯には元寇に際した「異国降伏」の銘が刻まれている。
弘安5年(1282年)に仏師蓮願が鋳造した金銅の釈迦如来坐像。香取神宮の本地仏として円形の鏡板を背に負う懸仏形式で、銘文には蒙古襲来に際し元軍の調伏を願う「異国降伏」の文字が刻まれる。千葉県香取市・観福寺所蔵の重要文化財。
千葉県香取市の観福寺に伝わる銅造十一面観音坐像。香取神宮の本地仏として弘安5年に仏師蓮願が鋳造し、釈迦如来とともに元軍退散を願う「異国降伏」の銘を刻む。鏡板を光背とした四躯一具の重要文化財で、伊能忠敬ゆかりの古刹に納められている。
千葉県印西市の結縁寺に伝わる重要文化財。像高約47センチの小さな鋳銅製不動明王で、裳前面の刻銘から嘉元元年(1303年)の造像と分かる。両眼を見開く忿怒相が特徴で、秘仏として毎年9月28日のみ開帳される。
千葉県香取市の観福寺が伝える銅造薬師如来坐像は、もと香取神宮の本地仏として鋳られた金銅の懸仏4躯の一つ。明治の廃仏毀釈で吹き潰される寸前に救われた鎌倉時代の名品で、像高約33センチながら重要文化財に指定されている。
建長元年(1249)から明治初年まで、およそ620年分。日常置文に始まり、千葉氏の寄進状や大奥の参詣書状に至る839通が令和6年に重要文化財へ。市川・中山の大本山と、その文書が語る歴史を訪ねる手引き。
千葉県市川市の法華経寺が護持する日蓮の自筆遺文。巻子56巻ほか百余点に及ぶ真蹟で、富木常忍ら在家の信者に宛てた書状と論述が中心をなす。昭和42年に重要文化財へ指定され、現在は境内の聖教殿に保管されている。
千葉県市川市の法華経寺が所蔵する国宝。文応元年に北条時頼へ建白した『立正安国論』を、日蓮自身が文永6年(1269年)に書き写した全長15.98メートルの真筆巻子で、蒙古襲来を予見した書として知られる。
大阪府貝塚市に佇む孝恩寺観音堂(釘無堂)は、鎌倉時代後期に釘を一本も使わず建てられた国宝建築です。奈良時代の高僧・行基が開いた古刹の面影を伝え、和様に禅宗様・大仏様を融合させた建築や希少な行基葺の屋根、19体の重要文化財仏像群など見どころ満載です。
大阪府泉佐野市日根野に建つ慈眼院金堂は、明治36年(1903年)に重要文化財に指定された鎌倉前期の小堂建築です。桁行三間、梁間三間、一重、寄棟造、向拝一間、本瓦葺の端正な姿で、隣接する国宝・多宝塔と並び立つ景観は日本遺産「日根荘」の象徴的な眺め。創建は天武天皇2年(673年)と伝わり、本尊薬師如来の祈り、苔の庭園、そして700年以上守り継がれてきた中世荘園の風景が訪れる人を迎えます。
大阪府泉佐野市に佇む慈眼院多宝塔は、文永八年(1271年)建立の鎌倉時代を代表する国宝建築です。石山寺・金剛三昧院と並ぶ日本三名塔の一つで、屋外の木造多宝塔として国宝・重要文化財指定中で日本最小と伝えられる名塔。檜皮葺の優美な屋根、四手先の組物、当初の須弥壇と内陣の保存状態の良さが評価されています。関西国際空港から至近、隣接する日根神社や日本遺産日根荘の井川とともに、中世の祈りの空間を体感できる珠玉のスポットです。