室町
Muromachi室町時代(1336 – 1573)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
法住寺虚空蔵堂は長野県上田市東内にある文明18年(1486年)の室町時代の仏堂で、重要文化財。正面3間・側面4間の入母屋造で向拝を付け、こけら葺の屋根をかける。堂内の厨子と棟札3枚もあわせて指定されている。
松尾寺本堂は長野県安曇野市穂高有明にある室町時代末期(文化庁DBの年代欄は1528年)の方三間の本堂で、重要文化財。寄棟造・銅板葺で縁先に軒支柱を立て、手法は簡素で地方色が濃く、安曇地方に残る仁科氏文化の遺物とされる。
三仏寺地蔵堂は鳥取県三朝町の三徳山の行者道に建つ室町時代後期の懸造の堂で、重要文化財。桁行四間・梁間三間の入母屋造・こけら葺で、背面に軒唐破風を付ける。化粧天井や絵模様から室町末期の建立と推定され、文殊堂と同じ規模と様式をもつ。
大山寺阿弥陀堂は鳥取県大山町大山の大山寺にある天文21年(1552年)の仏堂で、重要文化財。享禄2年の土砂崩れのあと再建された寺に現存する最古の建物で、太い柱や梁を用いた雄大なつくりに和様の意匠を見せる。12世紀の阿弥陀三尊像を安置する。
長谷寺本堂内厨子は鳥取県倉吉市仲ノ町の長谷寺の本堂にある室町時代後期の厨子で、重要文化財。本尊の十一面観音像を納め、入母屋造・こけら葺で、禅宗様を基調に二手先の組物と扇垂木を用いる。山陰の室町後期の数少ない遺構の一つである。
不動院岩屋堂は鳥取県八頭郡若桜町にある室町時代前期(1333〜1392年)の、長い柱で床を支える懸造の仏堂で、重要文化財。方三間の一重の堂で、前面を入母屋造、背面を切妻造とする妻入の屋根をとち葺で覆う。
雲樹寺四脚門(大門)は島根県安来市の参道に立つ室町前期の門で、明治37年に指定された県内最初期の重要文化財。文政3年の火災で伽藍の大半が焼けたなか難を逃れ、禅宗様の木組みを今日に残す。
島根県安来市の清水寺本堂(根本堂)は、明徳4年に建てられた桁行七間・梁間七間のこけら葺仏堂で、明治37年に国の指定を受けた重要文化財。戦国期の兵火で山内にただ一棟だけ焼け残った堂であり、境内の拝観は無料。
万福寺本堂は島根県益田市東町の万福寺にある応安7年(1374年)の本堂で、重要文化財。桁行七間・梁間七間の一重・寄棟造・桟瓦葺の大きな本堂である。境内の庭園は益田市に残る2つの雪舟庭園のひとつとされる。
東京都青梅市の塩船観音寺にある室町後期の仏堂で、昭和21年に重要文化財に指定。小さな内陣を庇が囲む阿弥陀堂形式、内陣だけの天井と縁のない未完の姿、1961年に茅葺から改めた銅板屋根、阿弥陀三尊を紹介。
東京都青梅市の塩船観音寺の入口に建つ室町後期の門で、昭和21年に重要文化財に指定。三間一戸八脚門の切妻造茅葺、妻面の通し柱、大悲山の扁額、運慶作の伝えと定快工房作とみる都の解説がある金剛力士像を紹介。
東京都青梅市の塩船観音寺にある室町後期の仏堂で、昭和21年に重要文化財に指定。5間四方の寄棟造茅葺、結界で内陣と外陣を分ける密教本堂の平面、附指定の厨子、杉皮を混ぜた虎葺きの屋根、年4回の秘仏開扉を解説。
金剛寺仁王門は東京都日野市高幡の高幡不動尊金剛寺にある室町時代後期の門で、重要文化財。三間一戸の楼門で、入母屋造・茅葺形銅板葺。楼門として計画されながら途中で変更され、昭和34年の解体復原修理で楼門に復原された。室町時代の仁王尊を安置する。
金剛寺不動堂は東京都日野市高幡の高幡不動尊金剛寺にある康永元年(1342年)の不動堂で、重要文化財。建武2年の大風で倒れた山中の堂を麓に移して建てたもので、五間四方の入母屋造・茅葺形銅板葺に向拝を付ける。不動明王像の光背などもあわせて指定。
明徳元年(1390)頃、足利義満の沙汰で熊野速玉大社の摂社・阿須賀神社に奉納された装束と調度の一括。袍や冠、蒔絵手箱、櫛29枚、銀製化粧道具までが神宝目録どおりに完存し、京都国立博物館に収蔵される国宝。
京都国立博物館が所蔵する高麗時代の装飾経。一〇〇六年に千秋太后が寵臣金致陽と発願した金字一切経の唯一の遺巻で、見返しの絵は年代の確実な高麗最古の紙本絵画として知られ、十四世紀末には近江の金剛輪寺に伝わった。
京都国立博物館が所蔵する国宝の手鑑「藻塩草」。奈良から室町にいたる古筆切を二百四十一葉あまり収め、江戸時代の古筆鑑定の台帳として伝来した。高野切や室町切など貴重な断簡を一帖に見られる、書の歴史をたどる屈指の集成である。
中国・南宋時代の青磁下蕪花生。丸くふくらむ胴に細い頸が立つ国宝で、貫入のない淡い青の釉がむらなく掛かる。官窯か龍泉窯か、焼かれた窯は今も未確定。東京国立博物館に寄託され、群馬の原美術館ARCでも折にふれ公開される。
千葉・国立歴史民俗博物館が所蔵する国宝。倭人記事で知られる『漢書』地理志を含む南宋慶元年間の刊本で、全61冊が完存する。直江兼続を経て米沢藩校興譲館に伝わった「上杉本」で、五山僧の書き入れも残る貴重な一具である。
千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館が所蔵する宋版後漢書(慶元刊本)。南宋慶元年間に建安で刷られた全六十冊の刊本で、史記・漢書とともに三史をなす。東夷伝には倭の使者や女王卑弥呼の記述が残り、直江兼続を経て米沢藩興譲館に伝来した上杉本である。