大正
Taishō大正時代(1912 – 1926)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
神奈川県葉山町に佇むイエズス孝女会修道院旧館は、大正3年(1914年)に東伏見宮依仁親王の別邸として建てられた洋館です。宮内省内匠寮の建築家・木子幸三郎が設計し、ドイツ下見板張りの白い外壁と塔屋が印象的なこの建物は、葉山に現存する唯一の皇族別荘であり、関東大震災以前の湘南地域で唯一残る皇族別邸として、平成29年に国登録有形文化財に登録されました。
神奈川県藤沢市の盛岩寺境内に建つ大正13年(1924年)の商家。遊行寺門前の薬問屋の店舗兼住居として建てられ、昭和13年に農家の母屋へ、平成26年に寺の薬師堂へと二度移された。平成29年に登録有形文化財となった。
神奈川県葉山町一色の斜面に建つ大正11年頃の木造平家建別邸。憲法起草者の金子堅太郎が、御用邸付属邸の用地買収を受け海辺の旧地から移り住んだ。松の間には変木の床柱と梅花をすかした銅板欄間が残る。令和3年に国の登録有形文化財に登録。非公開。
神奈川県大磯町の駅前に建つ旧木下家別邸は、大正元年に貿易商の別荘として建てられた木造洋館です。日本最初期の枠組壁工法とされ、平成24年に国の登録有形文化財となりました。現在はレストランとして営業しています。
神奈川県藤沢市鵠沼東にある旧近藤邸は、1925年(大正14年)に辻堂海岸の松林に別荘として建てられた国登録有形文化財。設計はフランク・ロイド・ライトの愛弟子・遠藤新で、水平線を強調したライト風意匠と和風住宅の感覚を融合させた大正モダンの名建築です。市民の保存運動により1981年に藤沢市民会館前庭へ移築され、現在は無料で見学できます。
遊行寺の御番方は、住居部正面中央に建つ接客の建物。軒唐破風付の大振りな入母屋玄関を精緻な彫刻で飾り、遊行上人の出立に用いた。大正二年の建立で、六間取方丈形式の内部をもち、歴史的景観に寄与するものとして登録された。
鎌倉・長谷の高台に立つ神霊教鎌倉錬成場霊源閣は、大正七年に実業家山本条太郎が建てた数寄屋別荘。表千家残月亭を意識した意匠を持ち、関東大震災を免れた近代和風建築として国の登録有形文化財に登録されている。
神奈川県小田原市にある清閑亭は、明治39年(1906年)頃に黒田長成侯爵の別邸として建てられた国登録有形文化財です。小田原城三の丸外郭土塁の上に佇む数寄屋風建築からは相模湾の絶景を望め、板絵襖や網代組天井など優れた意匠が見どころです。2024年からは日本料理店として利活用され、歴史空間の中で食文化も楽しめます。
鈍翁から茶苑を継いだ二代目・原三渓が大正11年に増築した最大の席。東側を掛造りとして傾斜地に張り出し、広縁からは近くの山肌の大の字を望む。鈍翁筆の額を掲げる八畳の座敷を備えている。
三井物産を率いた茶人・益田鈍翁が大正初期に営んだ白雲洞茶苑の原点をなす最古の一棟。茅葺の主室に囲炉裏を切り、古材を多用した田舎家風の茶室で、箱根強羅公園内で今も抹茶の点茶体験ができる。
茶苑で唯一茶室でない浴室で、旧山荘の岩風呂として使われた一棟。大きな自然石を構造に取り込んで上屋をかけ、太い丸太で軸組を組み、外壁や屋根下地にも丸太を密に打ち並べる。苑路の最も低い地に建つ。
白雲洞の西に独立して建つ寄棟造・茅葺の草庵風茶室。設計は数寄者の仰木魯堂と考えられ、二畳台目の小間や竹垂木の駆込み天井を備える。侘びの茶室でにじり口を省いた珍しい構えが特色である。
茶苑の入口、苑路の最も手前に建つ待合。南東の隅を筋違に欠き、湾曲した丸太の桁から小丸太を扇状に広げた化粧軒を見せる。巧緻で斬新な意匠が、この先に続く茶室群の調子を静かに定めている待合。
神奈川県箱根町二ノ平の箱根小涌園貴賓館は、大正7年に藤田組社長・藤田平太郎男爵の別荘として建てられた木造平屋建で、平成13年に国の登録有形文化財となった。三面ガラス張りの主室「月の間」は明星ヶ岳から昇る月に向けて開かれている。
箱根町強羅の国民宿舎、箱根太陽山荘別館は大正後期の木造三階建で、平成18年に国の登録有形文化財となった。本館三階から別館二階へ延びる渡廊下が道路の上を横切り、三階には十畳と六畳の続き間座敷が残されている。
箱根湯本の須雲川右岸に建つ箱根湯本ホテル暁亭は、昭和62年に現在地へ移築された木造平屋の別荘建築です。杉皮張の腰壁など数寄屋風の内部を持ち、平成17年に国の登録有形文化財となりました。現在はそば店として営業しています。
神奈川県小田原市国府津、旧東海道の近くに建つ大正5年築の蔵。木の軸組に石を積む木骨石造で、関東大震災後に巻かれた補強帯鉄が灰色の石壁に水平線を引く。修理の痕跡を残したまま、平成16年に国の登録有形文化財となった。
神奈川県愛川町の中津川に架かる平山橋は、1913年(大正2年)に架設が始まった曲弦プラットトラス構造の鋼橋です。大正期のリベット構造の鋼橋として希少な存在であり、国の登録有形文化財および土木学会の「日本の近代土木遺産」に選定されています。太平洋戦争末期の米軍機銃掃射による弾痕が今も残り、戦争遺跡としても深い意味を持っています。
明治15年創業、大正12年築の本館は国登録有形文化財。繊細な組子細工や透かし彫りの欄間が美しい木造二階建ての旅館建築で、自家源泉かけ流しの温泉と相模の味覚を堪能できる湯河原屈指の老舗宿です。
横浜市保土ケ谷区の横浜市西谷浄水場配水池配水井上屋は、大正4年の横浜水道第2回拡張工事で建てられた煉瓦造の小建築である。配水池を挟んで浄水井上屋と同型同規模で対をなす。令和8年7月27日から一般公開が始まった。