滋賀県の国 宝
National Treasures of 滋賀県滋賀県に所在する国宝。
石山寺に伝わる国宝「春秋経伝集解巻第廿六残巻」は、中国の古典を平安時代の日本で書写した一巻。杜預が編んだ注釈書の写本で、紙背には仏教の戒律「四分戒本」を記す。古い本文と訓点を残し、当時の経書の読み方を今に示す資料である。
石山寺第三代座主・淳祐内供が平安時代に書写した自筆聖教。高野山で弘法大師の御衣にふれた手に香りが移り、書写した聖教にもうつったとの伝承から薫聖教と呼ばれる。国宝83巻1帖で、2025年には10巻が追加指定された。
周防国玖珂郡玖珂郷で延喜八年(908年)に作成された戸籍の断簡。律令制下の造籍制度が衰退する時期の貴重な記録で、紙の裏に密教の儀軌が書き写されたことで現代まで残った。昭和28年に国宝に指定され、滋賀県の石山寺が所蔵する。
琵琶湖北岸の菅浦に伝わる中世村落の記録。鎌倉から江戸期の文書千二百八十一通を六十五冊にまとめ、隣村大浦庄との田地相論や村掟を記す。村人が守った史料として二〇一八年に国宝指定。須賀神社や四足門とともに巡りたい。
滋賀県甲賀市の太平寺に伝わる大般若経142帖は、和銅5年(712年)に長屋王が従兄・文武天皇の冥福を祈って書写させた「和銅経」で、書写年代の明らかな大般若経としては日本最古とされる。鈴鹿山麓の里・鮎河の桜の名所としても知られる。
滋賀県甲賀市土山町の常明寺に伝わる国宝・大般若経27帖。和銅5年(712年)に長屋王が文武天皇追善のため発願した日本最古の大般若経写本で、界線を引かない無界の写経として知られる。旧東海道土山宿の散策とあわせて訪ねたい。
滋賀県大津市の園城寺に伝わる国宝で、入唐求法に赴いた円珍に関わる九世紀の古文書群。唐の役所が発給した通行許可証「過所」二通を含み、伝世する過所の実例は世界でこの二通のみ。二〇二三年にユネスコ「世界の記憶」に登録された。
比叡山延暦寺に残る国宝の古文書。最澄が八〇五年に唐から将来した経典や法具を書き上げた目録で、自筆を含み、唐の刺史鄭審則の跋と官印、遣唐使一行の署名が加わる。仏教史にも公文書史料としても貴重な一巻である。
延暦寺が所蔵する国宝。唐の役所が留学僧・最澄に発給した八〇四年の明州牒と八〇五年の台州牒を一巻にまとめた通行許可書である。最澄が自ら記した申請部分はその真筆と認められ、九世紀初頭の唐代官文書としても、日本天台宗の原点を示す資料としても貴重。
延暦寺に残る国宝の巻子。天台宗を開いた最澄自筆の六通の文書を収め、天台法華宗が年分度者の枠を得て国家に公認され、比叡山に独自の大乗戒壇を求めていった経緯を記す。最澄の筆跡を今に残す第一級の同時代資料である。
滋賀県の竹生島・宝厳寺に受け継がれた平安時代の装飾経で、法華経のうち序品にあたる一帖。素紙に金泥で界線を引き、金銀泥で鳥や蝶、宝相華などの下絵を描く。装飾経の初期を代表する国宝で、現在は奈良国立博物館に寄託される。
滋賀県長浜市の向源寺が所有する国宝・木造十一面観音立像。平安初期に檜の一木から彫り出され、腰をひねる優美な姿と後頭部の暴悪大笑面で知られる。全国に七体ある国宝十一面観音の一つに数えられる名品として名高い。
滋賀・三井寺の北院に伝わる国宝・木造新羅明神坐像。唐から帰る円珍の船にあらわれたと伝わる老翁の神を、ヒノキ一木造で彫り、彩色と截金を施す。安置する新羅善神堂は足利尊氏が再建した国宝で、像は秘仏として公開はまれ。
滋賀県大津市の園城寺(三井寺)に伝わる国宝、木造智証大師坐像(通称・中尊大師)。平安時代10世紀の作で像高84.3センチ。比叡山から正暦4年に移され、唐院大師堂に秘仏として安置される。開扉は毎年10月29日の御祥忌のみ。
三井寺(園城寺)に伝わる二体の国宝・木造智証大師坐像のうち、古い方が御骨大師である。荼毘に付した円珍の遺骨を納めるとされ、唐院の大師堂に秘仏として安置される。9世紀末、円珍没後まもない頃の作と考えられている。
滋賀県大津市の園城寺が所蔵する国宝。金剛界曼荼羅の諸尊を白描で描いた密教図像で、円珍が大中九年(八五五)に唐の長安で授かり請来した完本。全長は約十八メートルに及び、二〇二三年にはユネスコ「世界の記憶」にも登録された。
京都・六条柳町の遊里に集う十五人を金地に描いた江戸初期の風俗画。三味線・双六・恋文・画中の山水屏風に琴棋書画を見立てた構成で、国宝に指定される彦根城博物館の名宝である。作者は不詳で狩野派説が有力とされる。