和歌山県・江戸

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和歌山県 の江戸時代(1603 – 1868)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。

134 和歌山県 江戸時代 1603 – 1868
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旧名手本陣妹背家住宅(和歌山県那賀郡那賀町)
和歌山県 江戸中期
旧名手本陣妹背家住宅(和歌山県那賀郡那賀町)

和歌山県紀の川市名手市場にある江戸時代中期の住宅3棟である。名称の括弧は指定当時の那賀町のままになっている。主屋の居室部と座敷部で27年の開きがあり、昭和44年(1969年)に重要文化財へ指定された。

旧柳川家住宅(旧所在  和歌山県海南市黒江)
和歌山県 江戸後期
旧柳川家住宅(旧所在 和歌山県海南市黒江)

和歌山市の紀伊風土記の丘に建つ旧柳川家住宅主屋は、文化4年に黒江の漆器問屋が普請した町家。通り庭沿いに田の字型の四室が並び、表のみせと奥のだいどころが商いと暮らしを分ける。昭和44年に重要文化財指定。

鈴木家住宅(和歌山県有田郡金屋町)
和歌山県 江戸後期
鈴木家住宅(和歌山県有田郡金屋町)

和歌山県有田川町中峯に建つ鈴木家住宅は、庄屋をつとめた家の住まい。棟札により天明五年(一七八五)の建立とわかり、整形四間取を発展させた間取りをもつ。年代の明らかな農家として昭和四十四年に重要文化財に指定された。

旧谷山家住宅(旧所在  和歌山県海草郡下津町)
和歌山県 江戸中期
旧谷山家住宅(旧所在 和歌山県海草郡下津町)

和歌山市の紀伊風土記の丘に移築された旧谷山家住宅は、寛延2年(1749年)上棟の漁家建築で昭和44年に重要文化財に指定された。土蔵造の厚い壁と三重の戸を備えた二階窓に、和歌浦湾に面した塩津の浜の暮らしが残る。

普賢院四脚門
和歌山県 江戸前期
普賢院四脚門

高野山・千手院谷の普賢院に立つ四脚平唐門。もとは山内の東照宮の門で、明治25年にこの地へ移築された。丹塗の柱に極彩色の彫刻が残り、県内では数少ない江戸前期の唐門として、昭和40年に重要文化財に指定された。

和歌山城岡口門
和歌山県 江戸前期
和歌山城岡口門

和歌山城の南東に立つ岡口門は、昭和20年の空襲を免れた数少ない遺構である。元和7年(1621)築の二階建の櫓門で、一枚石をくり抜いた銃眼12か所をもつ北側の土塀とともに、国の重要文化財に指定されている。

樫野埼灯台及びエルトゥールル号遭難事件遺跡
和歌山県 江戸時代
樫野埼灯台及びエルトゥールル号遭難事件遺跡

和歌山県串本町・紀伊大島の東端に建つ樫野埼灯台は、英国人技師ブラントンが設計し1870年に初点灯した日本最古の現役石造灯台。その沖合では1890年にトルコ軍艦エルトゥールル号が遭難し、貧しい島民が献身的に救助した出来事が、今も続く日本とトルコの友情の原点となりました。灯台・船甲羅・遭難者上陸地・遭難者墓地の4要素は2021年に国指定史跡となり、近代日本と国際交流の物語を伝える稀有な聖地として訪れる人を魅了し続けています。

上田家住宅米蔵及び中蔵
和歌山県 江戸
上田家住宅米蔵及び中蔵

和歌山県橋本市、上田家主屋の川側に建つ米蔵及び中蔵。江戸末期の土蔵二棟を隙間を空けて据え、庇と二階壁を続けて一体とする。置屋根や中塗仕上、ひしぎ竹張など質実な技法を残す。屋敷で最も古い登録有形文化財。

浦家住宅前蔵・中蔵及び櫨蔵
和歌山県 江戸
浦家住宅前蔵・中蔵及び櫨蔵

和歌山県広川町大字広に建つ浦家住宅前蔵・中蔵及び櫨蔵は、江戸末期の土蔵三棟がL字に連なる建築面積117平方メートルの登録有形文化財。腰の海鼠壁と三箇所の戸前、垂木を用いない小屋組に、海運と石灰製造で栄えた商家の備えが残る。

大江家住宅主屋
和歌山県 江戸
大江家住宅主屋

和歌山県みなべ町北道、旧熊野街道に東面して建つ江戸後期の町家。主体部17mに明治期増築の座敷部9.7mが続き、26mを超える間口を見せる。白漆喰のつし二階に虫籠窓を開け、一階は繊細な出格子で覆う。2009年に国の登録有形文化財となった。

旧橋本本陣池永家住宅主屋
和歌山県 江戸
旧橋本本陣池永家住宅主屋

和歌山県橋本市にある旧橋本本陣池永家住宅主屋は、享保16年以前に建てられた和歌山県下最古の町屋建築です。紀州藩主も宿泊した本陣の歴史と見どころ、アクセス情報をご紹介します。

旧橋本本陣池永家住宅土蔵
和歌山県 江戸
旧橋本本陣池永家住宅土蔵

和歌山県橋本市に佇む旧橋本本陣池永家住宅の土蔵は、伊勢街道と高野街道が交差する宿場町・橋本宿の繁栄を今に伝える国登録有形文化財です。江戸後期に建てられた白漆喰の蔵の歴史と見どころ、周辺観光情報をご紹介します。

旧橋本本陣池永家住宅離座敷
和歌山県 江戸
旧橋本本陣池永家住宅離座敷

和歌山県橋本市に残る旧橋本本陣池永家住宅離座敷は、享和3年(1803年)頃に建てられた国登録有形文化財です。紀州藩主・徳川重倫が宿泊した由緒ある本陣の客間で、紀ノ川を望む風雅な佇まいと江戸時代の宿場町の歴史を今に伝えています。高野山への玄関口・橋本の隠れた文化遺産をご紹介します。

神野阿弥陀堂
和歌山県 江戸
神野阿弥陀堂

和歌山県かつらぎ町の山間集落「串柿の里」に佇む神野阿弥陀堂は、貞享3年(1686年)建立の国登録有形文化財。茅葺き三間堂の美しい建築と、葛城修験の修験者と里人の交流を伝える墨書が残る日本遺産構成文化財です。

淨願寺庫裏
和歌山県 江戸
淨願寺庫裏

本堂の西に東面して建つ淨願寺の庫裏。江戸後期の木造平屋で、正面南寄りに唐破風造の式台玄関を構える大規模な住居。内部は南の土間と北の8室からなり、北西の上段の間に武家の作法を残す。令和6年登録の有形文化財。

淨願寺山門
和歌山県 江戸
淨願寺山門

境内南辺東寄りの通りに面する淨願寺の山門。江戸後期建立の一間一戸切妻造本瓦葺の薬医門で、両脇に袖塀を付す。虹梁や肘木の絵様彫刻が華やかで、六棟の登録建造物で最も装飾に富む。令和6年に登録有形文化財となった。

淨願寺鐘楼
和歌山県 江戸
淨願寺鐘楼

本堂の南西、切石積基壇上に建つ淨願寺の鐘楼。江戸後期建立の方一間切妻造本瓦葺で、礎盤上に角柱を四方転びに立て総ケヤキ造とする。蟇股や懸魚を彫刻で飾る上質な一棟で、夏には鐘がつかれる。令和6年登録の有形文化財。

淨願寺手水舎
和歌山県 江戸
淨願寺手水舎

本堂の南に建つ淨願寺の手水舎。江戸後期の建立で昭和54年に現在地へ移築された。わずか5.2平方メートルながら降棟付きの入母屋本瓦葺とし、四方転びの角柱に詰組、吹寄垂木、格天井を備える。令和6年登録の有形文化財。

淨願寺本堂
和歌山県 江戸
淨願寺本堂

和歌山県紀の川市東国分の浄土真宗寺院、淨願寺の本堂。天明4年(1784年)建立の木造平屋で、入母屋造本瓦葺に一間向拝を付す。大虹梁や欄間彫刻が見どころ。集落景観の核として令和6年に登録有形文化財となった。

常喜院本堂(旧最勝院本堂)
和歌山県 江戸
常喜院本堂(旧最勝院本堂)

常喜院本堂(旧最勝院本堂)は高野山南谷の江戸末期の仏堂。度重なる火災に備えた土蔵造で、宝形造の主体部の北に護摩堂棟を延ばす複合仏堂とする。令和7年3月13日登録有形文化財。宿泊者は朝の勤行に参列できる。