兵庫県・明治
Meiji兵庫県 の明治時代(1868 – 1912)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
兵庫県豊岡市に佇む赤木家住宅は、主屋・離れ・蔵など16棟が国の登録有形文化財。明治3年建築の主屋には珍しい養蚕室を備え、城崎温泉からも近い隠れた日本の歴史遺産です。
兵庫県明石市に佇む国登録有形文化財「岩佐家住宅土蔵」。明治37年築の黒漆喰の主屋と白漆喰の土蔵が織りなす美しいコントラスト。都市化の中で農家の暮らしを今に伝える貴重な建築遺産をご紹介。
兵庫県淡路市、淡路島北端に立つ江埼灯台は、明治4年(1871年)に英国人技師ブラントンの設計で建設された、日本でも最初期の洋式灯台の一つです。現存する洋式灯台では国内3番目に古く、令和4年に国の重要文化財に指定されました。阪神・淡路大震災の痕跡を残す石段や、明石海峡大橋の絶景とともに訪れたい歴史遺産を、魅力と見どころ、アクセス情報とあわせてご紹介します。
神戸市の相楽園内に残る旧小寺家厩舎は、明治末期に建てられた洋式の厩舎建築。円形の塔屋や急勾配の屋根が目を引く煉瓦造で、河合浩蔵の設計と伝わる。国内でも遺例が少なく、昭和45年に重要文化財に指定された。
1902年に貿易商ハッサムが北野に建て、1963年に相楽園へ移築された木造2階建ての洋館。1階アーケード、2階コロネードとアカンサスの葉の柱頭飾りを備えたコロニアル様式で、国の重要文化財に指定されている。
旧神戸居留地十五番館は、1880年頃に建てられた神戸旧居留地に唯一現存する居留地時代の建築物です。旧アメリカ合衆国領事館として使用された木骨煉瓦造のコロニアル様式建築で、阪神・淡路大震災からの復旧や日本初の文化財免震工法など、その歴史と魅力をご紹介します。
国指定重要文化財・小林家住宅(旧シャープ住宅)は、明治36年にアメリカ総領事の邸宅として建てられたコロニアル様式の洋館です。「萌黄の館」の愛称で親しまれ、アラベスク風階段や2種類のベイ・ウィンドー、神戸港を望む2階ベランダが見どころです。
新神戸駅から徒歩30分、布引谷の五本松堰堤は明治33年完成の日本初の水道用重力式コンクリートダム。堤高33.3メートルの石積み化粧の堤体や歯飾り、英国人技師バルトンらが手がけた9件の重要文化財を訪ねる。
神戸市灘区の王子動物園内に佇む旧ハンター住宅は、現存する神戸の異人館の中で最大規模を誇る国指定重要文化財です。明治22年頃の建築を英国人実業家E・H・ハンターが移築改造した木骨煉瓦造の洋館で、コロネードベランダの菱形格子窓や大理石のマントルピース、英国製ステンドグラスなど、ヴィクトリア朝の優美な意匠が今に残されています。
兵庫県豊岡市の赤木家住宅東籾蔵は、敷地南東隅に建つ明治中期の土蔵造平屋建。桁行・梁間とも二間で東半に二階を設け、年貢米を収めた。漆喰塗の外壁と置屋根形式が端正で、円山川の水害に備えた大庄屋屋敷の構えを伝える登録有形文化財。
兵庫県豊岡市の赤木家住宅塀一は、延長約六十八メートルの木造真壁造、桟瓦葺の塀。腰を焼き杉竪板張りとし、玄関前庭側は透かし欄間、北庭側は漆喰塗と、面する空間で意匠を変える。大庄屋赤木家の屋敷景観を整える明治末期の登録有形文化財。
兵庫県豊岡市の赤木家住宅塀二は、延長約四十メートルの木造真壁造、鉄板葺の塀。竪板張りと中塗り仕上げの素朴な構えで、約九百坪に及ぶ大庄屋屋敷の外周を画す。円山川の水害に備えた赤木家の屋敷景観を支える明治末期の登録有形文化財。
兵庫県加西市三口町に建つ稲岡家住宅主屋は、造り酒屋の事務所を兼ねた明治末期の住宅。入母屋造桟瓦葺のつし二階に虫籠窓を開く伝統的な外観をとりながら、床上部には幅一間の中廊下を通す。平成17年に国の登録有形文化財となった。
大歳家の屋敷の北西方に建つ離屋で、9棟のうち唯一の明治期建築。簓子下見の入母屋2階建で、階下は3畳間・浴室・便所。主屋オクナンドの北側廊下に接続する。建築面積25平方メートル。平成11年に国登録された。
小河家住宅の敷地南辺西端に建つ裏門。柱間約一・三メートルの腕木門で、切妻造桟瓦葺、両開板戸に縦格子の欄間を備える。約十三・八メートルの塀を付属し、小規模ながら上質な意匠をみせる。
小河秀太郎が明治末期に構えた別邸の表門。敷地北面の中央に建ち、松と石畳が主屋への導線を演出する。門・塀・主屋など十一棟が一組で国登録有形文化財となった、その正面を画する門である。
三木の実業家小河秀太郎が明治末期に構えた別邸の主屋。間口十一間の入母屋造桟瓦葺で、式台玄関や上段の間を備える。全国から集めた銘木と國包の建具など、材料意匠技術ともに優れた近代和風建築である。
小河家住宅の敷地西辺、主屋と納戸の間に建つ女中部屋。桁行三間の寄棟造桟瓦葺で、七畳半に浴室や便所を備え、更衣室が主屋台所に連絡する。質素な使用人部屋がそのまま遺る稀な例である。
小河家住宅の敷地周囲を巡る外塀。北面では表門でその線を断ち、南北に長い敷地を画す。庭と座敷を街路から隔て、門とともに町へ向ける正面をなす。建物群十一棟が一組で登録された、その輪郭を描く一棟である。
小河家住宅の敷地南半、中庭近くに建つ土蔵。厚い土壁で家財を火や湿気から守る蔵で、主屋や離れと渡り廊下で結ばれた建物群の実用の要をなす。あわせて十一棟が国登録有形文化財となった。