京都府の国 宝
National Treasures of 京都府京都府に所在する国宝。
京都市右京区嵯峨の清凉寺が所有する16幅の仏画で、文化庁は国の欄を宋、時代を北宋としている。日本で作られたものではない。重要文化財を経ることなく、昭和30年(1955年)に国宝へ指定されたものである。
京都府舞鶴市の松尾寺が所有する平安時代の仏画1幅である。文化庁の解説は「平安時代の作品。」の一文のみで、寸法も画面の構成も記されていない。重要文化財を経ず、昭和27年(1952年)に国宝へ指定された。
京都市東山区の東福寺が所有する南宋時代の絵画1幅で、南宋の高僧である無準師範の全身を描いている。同名のもう一幅と同じ木箱に納められて伝来したものである。昭和27年(1952年)に国宝へ指定されている。
京都市右京区の高山寺が所有する鎌倉時代の仏画1幅である。文化庁の解説は「鎌倉時代の作品。」の一文のみで、寸法も画面の構成も記されていない。重要文化財を経ず、昭和26年(1951年)に国宝へ指定された。
京都市左京区の曼殊院が所有する平安時代の仏画1幅である。同名の作品が山梨県指定と津市指定にもあり、そちらの記録には寸法や装丁まで記される。重要文化財を経ず、昭和29年(1954年)に国宝へ指定された。
京都市伏見区の醍醐寺にある平安時代の壁画18面で、天暦5年(951年)に五重塔の竣工と同時に成ったもの。心柱覆板や四天柱、連子窓、腰羽目板にも描かれている。昭和51年(1976年)に国宝へ指定された。
京都府にある飛鳥時代の写経1巻で、所有は国(文化庁)である。ト書に写された奥書から、丙戌の年が686年であると特定されている。昭和26年(1951年)に、重要文化財を経ずに国宝へ指定された1巻である。
京都市左京区の京都大学が所有する写本9冊で、作品の書名はこの一本によってのみ確定できるとされる。書写奥書はなく、鎌倉時代中期の写しと認められている。平成8年(1996年)に国宝へ指定された9冊である。
平等院が所有する平安時代の金工品1対で、もとは鳳凰堂の大棟の南北両端に据えられていたものである。修理保存のために取りはずされて工芸品の区分へ移り、昭和48年(1973年)に改めて国宝へと指定された1対。
京都府の仁和寺が所有する平安時代の冊子30帖で、名称の三十帖と員数欄の30帖が一致している。専用の冊子箱も、同じ日に別の物件として国宝となっている。昭和26年(1951年)の指定にあたる30帖である。
京都府の相国寺が所有する南宋時代の茶碗1口で、高さ6.7センチメートル、口径11.8センチメートル。内面は釉薬をかけない部分が文様になり、外側は逆にふりかけて斑文様とする。昭和28年に国宝へ指定された。
京都府の高山寺が所有する唐時代の典籍3巻で、国の欄は日本ではなく中国と記録されている。文化財保護の制度は、物の作られた場所を問わないからである。昭和27年(1952年)に国宝へ指定された3巻の典籍である。
京都府京都市の竜光院が所有する茶碗で、明治41年(1908年)に重要文化財、昭和26年(1951年)に国宝となった。両者のあいだには43年の開きがある。同じ名の物件が、重要美術品としても記録されている。
京都市右京区の高山寺が所有する平安から鎌倉時代の絵巻4巻である。別の物件である断簡の記録によれば、4巻のうち甲巻はもと二巻であり、脱落と錯簡があるという。昭和27年(1952年)に国宝へ指定されている。
京都府宇治市の平等院にある平安時代の壁扉画14面で、天喜元年(1053年)の鳳凰堂完成と同じ年の作である。堂は建造物としても指定されており、文化庁はこれを二重指定と記す。昭和47年に国宝へ指定された。
京都市東山区の智積院が所有する桃山時代の屏風一双で、指定番号は00042、附指定はない。作者は記録されておらず、名称の表記がその空白をそのまま示している。昭和27年(1952年)に国宝へ指定された一双。
京都国立博物館にある平安時代の彫刻5躯で、所有者は安祥寺である。明治43年(1910年)の重要文化財から令和元年(2019年)の国宝まで、109年が経っている。分類は彫刻であり、員数の単位は躯にあたる。
埼玉県行田市の博物館にある古墳時代の考古資料で、員数は「一括」とされている。金錯銘鉄剣の115字の銘文は、5世紀の同時代史料とされる。昭和58年(1983年)に国宝へと指定された、一括の考古資料である。
島根県雲南市の加茂岩倉遺跡から平成八年に出土した弥生時代の銅鐸三十九口。一括出土数として全国最多で、大型鐸に小型鐸を納めた入れ子の状態で埋納されていた。平成十一年に重要文化財、平成二十年に国宝へ指定された。
東京都台東区の東京国立博物館にある鎌倉時代の刀1口で、茎を大摺上げしたために原銘が失われ、鑑定した人が正宗の名を金で象嵌している。昭和32年(1957年)に国宝へと指定された、1口の工芸品にあたる。