京都府・鎌倉
Kamakura京都府 の鎌倉時代(1185 – 1333)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
宋版一切経は、京都の醍醐寺が所有する南宋時代の一切経6,102帖で、平成29年に国宝に指定された。中国の福州で開版された東禅寺版と開元寺版からなり、重源の寄進と伝える質量ともに充実した一切経である。
京都・東福寺に伝わる国宝「宋版太平御覧」は、南宋時代の慶元5年(1199年)に刊行された百科事典の版本です。全1,000巻のうち103冊が現存し、日中文化交流の歴史を今に伝える貴重な書跡典籍をご紹介します。
京都・大徳寺の塔頭 龍光院に伝わる国宝「大覚禅師筆金剛経」の魅力を紹介。鎌倉・建長寺の開山 蘭渓道隆(大覚禅師)が自ら筆写した金剛般若波羅蜜経は、宋風書法の粋を今に伝える貴重な禅宗墨蹟です。
大徳寺の開山・宗峰妙超(大燈国師)が元徳2年(1330年)に女性禅者・宗悟大姉に与えた法語の墨蹟。京都・大仙院に伝わる国宝の魅力と見どころ、拝観情報をご案内します。
鎌倉時代末期、大燈国師(宗峰妙超)が弟子・関山慧玄に「関山」の号を授けた国宝の墨蹟。妙心寺の開創に繋がる禅の師弟の物語と、京都国立博物館での鑑賞案内をご紹介します。
京都・妙心寺が所蔵する国宝「大燈国師墨蹟〈印可状/元徳二年仲夏上澣〉」の魅力を紹介。宗峰妙超が弟子・関山慧玄に与えた悟りの証明書の歴史的価値と見どころを解説します。
京都・大徳寺塔頭の真珠庵に所蔵される国宝「大燈国師墨蹟〈看読真詮榜〉」の歴史的価値と魅力を紹介。禅僧・宗峰妙超による力強い宋風の書の見どころ、拝観情報、周辺スポットをご案内します。
京都・知恩院が所蔵する国宝「大楼炭経〈巻第三〉」は、唐の咸亨4年(673年)に蘇慶節が一切経として書写した貴重な仏教写経です。仏教宇宙論を説くこの古写経の歴史的価値と見どころを詳しくご紹介します。
京都・冷泉家時雨亭文庫が伝える重要文化財「長秋記」。平安貴族・源師時が書き残した院政期の日記を、鎌倉時代の歌人・藤原定家がみずから書写した古写本四巻です。鳥羽上皇の熊野御精進や白河法皇追善仏事など、宮廷儀礼の現場を今に伝えます。
京都・東福寺に伝わる国宝「無準師範墨蹟〈円爾印可状(絹本)〉」は、中国・南宋時代の高僧・無準師範が弟子の円爾弁円に悟りの証として授けた印可状です。1237年に絹本に墨書されたこの書跡は、禅宗の法脈伝承を証する第一級の歴史資料であり、力強く格調高い筆致で知られる名品です。東福寺の創建と日本禅宗の発展を物語る、かけがえのない文化遺産をご紹介します。
嘉禄三年(1227年)、俊芿が没する一月前に弟子の心海へ自らの法を嗣がせたことを証した自筆の文書。京都・泉涌寺に伝わる国宝で、宋風の新書風をもたらした能書家の晩年の墨跡として、勧縁疏とともに知られる。
京都・妙心寺塔頭の天球院に伝わる重要文化財「法華経陀羅尼品」は、後醍醐天皇の側近で「後の三房」の一人、万里小路宣房が正中二年(1325年)六月に書写した一品経です。正中の変で勅使として鎌倉に下った直後の祈りの筆跡として、書跡史と政治史の双方に貴重な価値を持ちます。鎌倉時代末期の公家文化を体感できる遺品をご紹介します。
密庵咸傑墨蹟〈法語(綾本)/淳熙己亥仲秋日〉は、京都の大徳寺塔頭龍光院が所有する南宋の禅僧密庵咸傑の法語で、昭和26年に国宝に指定された。龍光院書院の茶室「密庵席」の床に掛ける書で、茶室の名の由来である。
元軍の刃の前で偈を詠んだ伝説の禅僧・無学祖元。弘安2年(1279年)に長楽寺の一翁に与えた偈語は、40年の時を超えた師弟の絆を伝える国宝の墨蹟です。京都・相国寺承天閣美術館でその書の気品をご覧ください。
明月記〈自筆本〉は、京都の冷泉家時雨亭文庫が所有する藤原定家の日記の原本で、平成12年に国宝に指定された。鎌倉時代前期研究の第一級史料で、紙背の書状約600通も本文を補う資料として重要である。
京都・東寺の御影堂に本尊として祀られる弘法大師空海の坐像。大師四百回忌を前に天福元年(1233年)運慶の四男康勝が造り、後世の大師像の根本となった。真如親王様の姿で玉眼を嵌める。平成12年(2000年)国宝。
京都市東山区の泉涌寺塔頭・来迎院に伝わる重要文化財「木造護法神立像」五躯をご紹介します。日本最古とされる三宝荒神坐像を護持する五体の護法神立像は、皇室の安産信仰の中核を支えてきた稀有な彫刻群で、現在は京都国立博物館に管理が委託されています。
京都・嵯峨の清凉寺本尊、木造釈迦如来立像。北宋の985年に奝然が中国で造らせ請来した国宝で、縄状の頭髪や同心円の衣文に異国の様式を残す。像内から絹製の五臓六腑が見つかり、世界最古級の臓器模型として知られる。
京都・三十三間堂(蓮華王院本堂)の中央に祀られる本尊の千手観音坐像。運慶の長男湛慶が建長3年から6年(1251〜1254年)に造り、像内に朱書銘がある。ヒノキの寄木造漆箔で、千体の立像を左右に従える。国宝。
蓮華王院本堂(三十三間堂)に整然と並ぶ木造千手観音立像千一体。建長の火災を免れた平安期百二十四体に鎌倉期八百七十六体などが加わり、約四十五年の修理を経て平成三十年に千一体すべてが国宝に指定された群像です。