江戸
Edo江戸時代(1603 – 1868)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
東京国立博物館が所蔵する国宝の三幅対。南宋の宮廷画家・梁楷の出山釈迦図と雪景山水図に、伝梁楷の雪景山水図を加えた構成で、足利義満の東山御物として伝わった。三幅は2007年に一件の国宝として統合指定されている。
聳える山々のなか、傘をすぼめた一人の男が雨中を急ぐ。南宋の宮廷画家・馬遠の筆と伝わる国宝の絹本墨画淡彩山水図です。早く日本に渡り、室町時代の水墨画の手本となった静嘉堂の名品を、見どころとともに解説します。
東京・目白台の永青文庫が所蔵する重要文化財「清拙正澄墨蹟〈与鉗大治蔵主法語〉」。鎌倉末期に中国元から渡来し日本臨済禅の確立に貢献した大鑑禅師・清拙正澄が、弟子の鉗大冶蔵主に与えた法語(説法)の自筆墨蹟です。来歴・見どころ・基本情報を詳しくご紹介します。
国立公文書館が所蔵する重要文化財。漂流してロシアに渡った大黒屋光太夫の見聞を蘭学者桂川甫周が編んだ書で、衣服や器物を描いた図、銅版図を手写した地図を含む。全体がデジタルアーカイブで無料公開されている。
享保15年に仏門へ入り東雨と号した土屋安親が、晩年に銘した鐔。素銅地の左に干網、右に群千鳥を透彫で抜き、自ら創始したと伝わる金の摺付象嵌で景を引き締める。昭和28年指定の重要文化財で、現在は東京の個人蔵。
永青文庫が伝える細川家文書。平成25年指定の二百六十六通は信長文書約58通や本能寺の変後の明智・秀吉文書を含む。令和7年に九千三百四十六通が追加され、計九千六百十二通の重要文化財となった。肥後熊本藩主細川家伝来の一級史料群。
東京国立博物館が蔵する南宋の禅僧・北磵居簡の墨蹟一幅。紹定2年(1229)、蘇州承天寺の万仏閣に登った折の偈頌で、痩硬の筆致が際立つ。記録上もっとも早く茶掛けに用いられた墨蹟とされる。昭和31年指定の重要文化財。
東京・白金台の荏原畠山美術館に所蔵される重要文化財「割高台茶碗」。十文字に断ち割られた高台が放つ大胆な造形美と、近代数寄者・畠山即翁が見出した破格の魅力を、朝鮮王朝時代16世紀の高麗茶碗の歴史とともにご紹介します。
東京都世田谷区の五島美術館が所蔵する国宝「紙本墨画六祖挟担図」は、中国・南宋時代(13世紀)に描かれた禅画の名品です。画面左下の「直翁」の印で知られるこの一幅は、禅宗第六祖・慧能が『金剛経』の読誦に聴き入る瞬間を、淡墨の中に濃墨を点じる罔両画様式で描き出しています。偃谿黄聞の賛が制作時期を示す貴重な作例で、1952年に国宝指定されました。拝観情報と見どころを詳しく紹介します。
東京・南青山の根津美術館が所蔵する国宝「紙本墨画漁村夕照図〈伝牧谿筆〉」は、13世紀の南宋時代に描かれたとされる水墨画の最高峰。瀟湘八景図の一図で、足利義満の鑑蔵印「道有」を捺す東山御物。夕陽の三条の光と湿潤な大気を墨だけで描き出した、数年に一度しか公開されない幻の名品です。
徳島県阿波市・四国八十八ヶ所第10番札所切幡寺の中腹に立つ切幡寺大塔(重要文化財)は、豊臣秀頼が父秀吉の菩提を弔うため慶長12年(1607年)に大坂住吉神宮寺に建立した塔を、明治の廃仏毀釈を受けて切幡寺が救い出し、10年の歳月をかけて移築した建造物です。初重方五間・二重方三間の二重塔は現存唯一の形式で、失われた塔建築の姿を今に伝える貴重な遺構です。
徳島市南部に佇む曹洞宗の名刹・丈六寺。その境内に慶安元年(1648年)に再建された観音堂は、桁行三間・梁間四間、二重・寄棟造・本瓦葺という珍しい二重仏堂形式の国指定重要文化財です。堂内には平安末期作で像高約3メートルの聖観世音菩薩坐像が安置され、通年拝観できる貴重な古仏として多くの参拝者を迎えています。三門・本堂・経蔵とともに「阿波の法隆寺」と讃えられる伽藍の魅力、歴史、アクセスを詳しく紹介します。
徳島市の曹洞宗・丈六寺の本堂は、寛永6年(1629年)に徳島藩主・蜂須賀家政が娘の供養のため再建した方丈を起源とする。約15ミリ面取りの柱に江戸初期の特色を残し、血天井の伝承でも知られる重要文化財建築である。
徳島県つるぎ町貞光に佇む大泉堂は、江戸時代中期に建立された国登録有形文化財の仏堂です。四国八十八箇所を写した「端四国八十八箇所霊場」の第十三番札所として、庶民の信仰を今に伝える素朴で重厚な三間堂の魅力をご紹介します。
徳島県つるぎ町貞光字皆瀬にひっそりと佇む皆瀬堂は、江戸時代に整備された端四国八十八箇所霊場の第三十四番札所。元和2年(1616年)創建、文化13年(1816年)再建の宝形造三間堂で、南・東を吹放ちとする開放的な意匠が特徴です。平成29年に国の登録有形文化財となった、四国山地の民間信仰を今に伝える貴重な仏堂を紹介します。
徳島県松茂町にある旧大磯家住宅は、江戸時代後期に藍製造で栄えた大磯家の邸宅として建てられた国登録有形文化財です。切妻造・瓦葺の白壁建築と太い柱梁の架構が特徴的で、阿波藍産業の繁栄を今に伝えています。現在は樫野倶楽部の敷地内で保存・公開されています。
徳島県美馬市の西教寺山門は、天保十四年(一八四三年)建立の南北棟の三間薬医門である。二軒の飛檐を板軒とし、その面に雲形を彫り込む意匠が特徴で、切妻造本瓦葺の重厚な構えとともに国の登録有形文化財となっている。
徳島県美馬市の寺町に建つ西教寺本堂は、安政五年(一八五八年)建立の登録有形文化財。桁行十四メートル、梁間十六メートルの浄土真宗本堂で、正面広縁を外陣と一体に扱う平面構成と、向拝を飾る龍虎の彫刻に注目したい。
徳島県板野町の地蔵寺経蔵は、四国霊場第五番札所に建つ文化7年(1810年)建立の土蔵造経蔵です。切石積基礎に漆喰壁、寄棟造本瓦葺で、堂内中央に八角の輪蔵を据えます。平成23年に国の登録有形文化財となりました。
徳島県板野町の地蔵寺大師堂は、四国霊場第五番札所の境内に正徳年間(1711〜1716年)に建てられ、江戸末期に改修された仏堂です。唐破風の向拝、彫刻欄間、天女の鏡天井を備え、平成23年に登録有形文化財となりました。