江戸
Edo江戸時代(1603 – 1868)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
絲原家住宅の御成門。江戸末期の建築で、木造瓦葺・間口約二・三メートル、袖塀を伴う。貴人の公式の来訪のためだけに開かれた儀礼の門で、松江藩主の本陣を務めた家の格式を示す登録有形文化財である。
絲原家住宅の米蔵。江戸末期の建築で、登録された絲原家の蔵のうち最も古い。士分格を有する登録上の百姓でもあった一族の、米に支えられた古い生業を映す土蔵造二階建の登録有形文化財である。
敷地の西南に建つ土蔵造二階建。桁行六・七メートル、建築面積二四平方メートル。割石基礎に漆喰壁、東面の出入口には掛子塗の両開戸を吊り、上部の窓に銅製の片開戸を設ける。屋敷景観を整える一棟として二〇一〇年に登録された。
津和野の本町通りに面して建つ土蔵造二階建。桁行五・九メートル、建築面積二三平方メートル。腰を海鼠壁とし、各階の窓に銅製の開戸を吊り、上部に家紋を飾る。主屋と一体で街路景観をつくる一棟として、二〇一〇年に登録有形文化財となった。
主屋の西南に建つ土蔵造二階建。桁行五・八メートル、建築面積三二平方メートル。一階を六畳の座敷とし、東面から南面へ二段の縁を巡らせ、磨丸太の垂木を配する数寄屋風意匠。二〇一〇年登録の有形文化財だが、非公開である。
島根県津和野町の本町通りに東面する町家。間口約十四メートル、木造二階建、建築面積二〇七平方メートル。柱を塗り込めた大壁造で、両端にウダツを立て、庇に幕板を下げる。二〇一〇年登録の有形文化財で、一階は今も呉服店として営業している。
津和野・下森酒造場の土蔵は江戸末期の建築で、七棟のうち最も古い。桁行6.1メートルの小さな蔵ながら、石州赤瓦と白漆喰の壁が見せる強い対比が印象に残り、この地の材と美意識を今に伝えている。
島根県松江市美保関町、美保神社の門前に佇む文久元年(1861年)築造の石造井戸。深さ約3.8メートルの円筒形井戸の上に八角形状の石板を立ち並べた独特の構造を持ち、干ばつの際に美保大明神のお告げで湧き出たという伝承から「おかげの井戸」と呼ばれています。北前船の船乗りや参拝者の喉を潤した廻船御用水として、港町・美保関の交流の歴史を今に伝える国登録有形文化財です。
東京都文京区にある護国寺本堂(観音堂)は、五代将軍徳川綱吉が生母・桂昌院の発願により建立した祈願寺の中心建築。元禄10年(1697年)に造営された桁行七間・梁間七間の大伽藍で、関東大震災や戦災を免れ、東京都心で唯一江戸期に当地で建立された大本山級寺院本堂として今に残る。和様と唐様を折衷した格調高い建築様式と、元禄文化の粋を集めた繊細な彫刻が見どころ。国指定重要文化財。
東京都檜原村、標高約750メートルの尾根に建つ茅葺の山岳民家。18世紀前半の入母屋造で、昭和53年に重要文化財に指定された。2008年まで人が住み、保存修理で創建時の姿に復原された。専用モノレールで訪ねる。
東京都台東区の浅草寺境内に佇む二天門は、慶安2年(1649年)頃の建立で、東京都心部に残る数少ない江戸時代初期の木造建築です。国指定重要文化財であるこの朱塗りの門は、かつて境内に存在した東照宮の随身門を起源とし、神仏分離を経て仏教守護神の持国天・増長天を祀る二天門へと変遷しました。2010年の大規模修復で創建当初の鮮やかな姿がよみがえった門の歴史と見どころをご紹介します。
東京都調布市入間町に佇む新井家住宅内蔵は、江戸末期に建てられた国登録有形文化財の土蔵建築です。屋敷林に囲まれた武蔵野の旧家の風情を今に伝える貴重な文化遺産の魅力と見どころをご紹介します。
東京都大田区北嶺町に建つ御嶽神社水行堂は、慶応3年(1867)頃に建てられた木曽御嶽信仰の水垢離(みずごり)施設。龍の彫刻欄間や井戸付きの内部空間など、幕末の宗教建築を御嶽山駅から徒歩約2分の好立地で味わえる、国登録有形文化財です。
慶応四年、最後の将軍徳川慶喜が江戸城を出て二か月を過ごした書院が葵の間。十畳と八畳からなる質素な座敷で、下地窓や地袋棚に数寄屋風の趣を添える。徳川の世が終わった場が今も保たれている。
東京都台東区雷門に建つ国登録有形文化財「ギャラリー・エフ蔵」。慶応4年(1868年)に材木商・竹屋長四郎が建てた土蔵は、関東大震災と東京大空襲を生き延び、アートギャラリーとして再生。現在は深大寺への移築が進められています。
東京都青梅市の旧吉川英治邸(草思堂)土蔵は、弘化4年(1847年)建築で敷地最古の建物。棟札に「風門之倉庫」と記され、南東隅に建つ巽蔵である。掛子塗の観音扉や鉢巻を残す土蔵造2階建。2023年登録の国登録有形文化財。
東京都青梅市の旧吉川英治邸(草思堂)長屋門は、江戸末期の養蚕農家の表構え。袖部屋は戦時中に都市からの疎開者の住居となり、戦後は吉川英治が書庫や物置に用いた。出格子やつしの窓を残す。2023年登録の国登録有形文化財。
西東京市田無町に建つ下田家住宅主屋は、旧田無村の名主を世襲した下田家の住まい。江戸末期築で市内最古の民家とされ、二〇一九年に登録有形文化財となった。入母屋造銅板葺の佇まいが郊外に残る農村の面影を伝える。
東京・檜原村数馬の谷あいに建つ蛇の湯温泉たから荘。富士型二重兜造の茅葺屋根をもつ江戸後期の大型民家で、平成25年に登録有形文化財となった。大蛇の言い伝えが残る単純硫黄冷鉱泉に、都内唯一の秘湯の宿として今も湯をたたえる。
東京・芝公園にひっそりと佇む常照院本堂内陣は、1769年(明和6年)建立の土蔵造の念仏堂。関東大震災と東京大空襲を奇跡的に免れた国登録有形文化財で、市川團十郎家の菩提寺としても知られる増上寺の子院です。