東京都・明治
Meiji東京都 の明治時代(1868 – 1912)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
東京都の静嘉堂文庫美術館にある南宋時代の茶碗1口で、通称は稲葉天目である。国の欄は中国とする。竜光院にある同名の茶碗と、まったく同じ日に国宝となった。昭和26年(1951年)6月9日の指定にあたる茶碗。
「絹本著色鶉図〈『雑華室印』ノ印アリ〉」は、南宋時代に中国で描かれた一幅の花鳥画で、室町幕府六代将軍・足利義教の鑑蔵印「雑華室印」が捺されています。後に「東山御物」と総称される足利将軍家の中国絵画コレクションに連なる重要文化財として、東京都内の個人によって大切に守り伝えられている貴重な一作です。
北宋の皇帝・徽宗が描いたとされる国宝「桃鳩図」の魅力を紹介。没骨描法による繊細な鳩と桃の表現、痩金体の落款、足利義満旧蔵の来歴など、約900年の歴史を超えて輝き続ける花鳥画の傑作について詳しく解説します。
外務省外交史料館が所蔵する重要文化財「通信全覧」(320冊)と「続通信全覧」(1784冊)は、安政6年(1859)から慶応4年(1868)の幕末10年間に交わされた外交文書を体系的に編纂した、日本初の本格的な外交文書集です。ペリー来航や生麦事件など歴史的事件の一次史料を含む約2000巻にのぼるこの記録群は、平成28年(2016年)に重要文化財に指定されました。麻布台ヒルズ森JPタワー5階の展示室で関連史料を無料で見学できます。
択捉島に生まれた横山松三郎は、母の肖像を残すため独学で写真術を習得した。本資料群83点は弟松蔵が身を寄せた函館の高田家に伝わり、コロジオン湿板の原板や写真油絵、技術書を含む。2023年に重要文化財に指定された写真師の記録である。
南宋の禅僧・虚堂智愚の筆になる重要文化財の墨蹟。蠟を引いた料紙に書かれた点が指定名称に掲げられた特色である。大徳寺の法系の祖師として、虚堂の書は茶席の掛物の第一に重んじられた。昭和十四年に旧国宝へ指定。東京都内の個人蔵で常設公開はない。
絹本著色秋野牧牛図は、泉屋博古館が所有する伝閻次平筆の南宋時代(13世紀)の画で、昭和32年に国宝に指定された。紅葉の木陰で水牛と牧童がくつろぐ様子を描き、宮廷画にふさわしい風格と叙情性をそなえる。
旧醸造試験所第一工場は東京都北区滝野川にある明治37年(1904年)の煉瓦造の工場で、重要文化財。日本酒の研究のため明治政府が設けた醸造試験所の中核施設で、妻木頼黄がドイツのビール醸造施設を応用して設計し、中空壁やヴォールト天井を用いる。
明治43年に竣工した近衛師団の司令部庁舎。煉瓦造二階建、中央に八角塔屋をのせたゴシック風の外観で、東京に残る数少ない明治の官庁建築のひとつ。昭和20年の宮城事件の現場でもあり、今は北の丸公園で外観のみ見学できる。
新宿御苑旧洋館御休所は東京都新宿区の新宿御苑にある明治29年(1896年)の木造平屋の洋館で、重要文化財。皇族が温室を利用する際の休憩所として宮内省内匠寮が設計し、アメリカ風の瀟洒な外観をもつ洋館である。
旧弾正橋(八幡橋)は、明治11年に工部省赤羽製作所が製作した長さ15.2メートルの鉄橋。アーチは鋳鉄、他は錬鉄という現存例のない構成をもつ。昭和4年に京橋区の楓川から深川へ移され、今は人道橋として渡れる。
東京都台東区上野公園の旧東京音楽学校奏楽堂は明治23年建築の木造校舎で、昭和63年に重要文化財に指定された。壁に藁を詰めた遮音の工夫や日本最古のコンサート用パイプオルガンが残り、今も演奏会が開かれている。
旧東宮御所(迎賓館赤坂離宮)は東京都港区元赤坂にある明治42年(1909年)の宮殿建築で、国宝。片山東熊の設計による左右対称のネオ・バロック様式で、明治期最大の記念建築とされる。現在は迎賓館として使われ、公開日に参観できる。
日本橋は、東京都中央区の日本橋川に架かる明治44年竣工の石造二連アーチ橋で、平成11年に重要文化財に指定された。日本の国道の起点で、米元晋一の設計、妻木頼黄の装飾による青銅の麒麟や獅子で飾られている。
表慶館は東京都台東区上野公園の東京国立博物館の構内に建つ明治41年(1908年)の美術館で、重要文化財。のちの大正天皇の御成婚を記念した奉献美術館で、片山東熊の設計指導による石及び煉瓦造のネオ・バロック建築。大小のドームをもつ。
妙法寺鉄門は東京都杉並区堀ノ内の妙法寺の楼門脇にある明治11年(1878年)の鋳鉄製の門で、重要文化財。工部省の設計・施工で、柱に工部省工作分局のネームプレートを残す。和風を基調に洋風を加え、扉上に鳳凰、扉にアカンサスの文様を飾る。
明治学院インブリー館は東京都港区白金台の明治学院の構内にある明治22年(1889年)ごろの宣教師館で、重要文化財。木造2階建・銅板葺で、宣教師W・インブリーが明治30年から大正11年まで暮らした。柱梁構造にバルーン・フレームを混用する。
明治7年に英国グラスゴーで建造された明治丸は、日本に現存する唯一の鉄船として昭和53年に重要文化財へ指定された。船舶では初の指定である。明治天皇の乗船が「海の日」の由来となった船で、東京海洋大学構内において無料で公開されている。
東京都調布市入間町の新井家住宅旧蚕室は、外蔵の東隣に並ぶ明治中期の養蚕の建物。木造2階建・切妻造鉄板葺で、周囲にガラス戸を立て腰を下見板張とする。戦後の転用後も小屋組は当初の構造を残す。平成26年(2014年)登録。
東京都調布市入間町の新井家住宅外蔵は、主屋と前庭をはさんで北を向く明治中期の旧穀物蔵。桁行3間・梁間2間半の土蔵造2階建で、モルタル洗出しの外壁に鉢巻と水切、東妻上部に屋号を表す。平成26年(2014年)登録。