東京都・大正
Taishō東京都 の大正時代(1912 – 1926)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
国立天文台門衛所は、三鷹キャンパス正門の北に建つ大正13年建設の木造平屋建である。切妻屋根の玄関とハーフティンバー風の妻面、下見板張の外壁を持ち、内部はかつて六畳と四畳半の和室であった。2014年に登録。
国立天文台レプソルド子午儀室は東京都三鷹市に大正14年に建てられた36平方メートルの観測用建物である。観測時には切妻屋根が中央から開く。1880年製の子午儀を展示し、2014年に登録有形文化財となった。
東京都渋谷区広尾、大使館の街に建つ浄土真宗本願寺派・上宮寺の本堂。大正3年(1914年)築の木造平屋で、平成29年に国の登録有形文化財に登録された。入母屋造妻入の妻面や起り屋根の向拝の彫刻が見どころとなっている。
東京都渋谷区広尾の上宮寺に残る本堂応接部。大正3年頃の木造平屋建で、本堂と廊下で結ばれた接客棟です。床の間や違い棚を省いた簡明な意匠が評価され、平成29年に本堂とともに登録有形文化財となりました。都心に残る大正建築です。
東京都台東区谷中のすぺーす小倉屋蔵は、大正5年に質屋小倉屋の三代目平三郎が建てた質蔵である。梁間二間の細い平面に土蔵造3階を積み、近隣で際立つ高さを持つ。平成12年に登録有形文化財となり、現在は改修工事中。
東京都福生市の田村酒造場の敷地東側、玉川上水に面して大正後期に築かれた石垣。総延長145メートルで東面から南面の東寄りまで矩折れにのび、河原石を腰高まで積んで天端石をわずかに迫り出させ、酒造場の水辺の景観を整える。
初代学監・安井てつの住宅として建てられた登録有形文化財です。建築面積111平方メートルは登録7棟で最小。震災後の大正13年8月着工という事情が、外国人教師館ではなくライシャワー館に近い意匠を選ばせました。
本学に派遣された外国人教師が暮らした登録有形文化財です。階上4戸、階下共用という集合住宅的な構成をとります。水平を強調する軒と庇、庇上の花台台座、ポーチ柱の柱頭飾りに、ライト影響下のレーモンドが読めます。
大正13年竣工、善福寺キャンパス最初期の登録有形文化財です。E字型平面の玄関奥に講堂が張り出します。教室窓は5連のスチールサッシ、中央部にはライト調が濃く残り、2024年に竣工100周年を迎えました。
自然科学教室として建てられた登録有形文化財です。登録7棟のなかで最大の建築面積1,453平方メートルを持ちます。玄関以南が先行し北半分は後の増築。3連スチールサッシと寄棟屋根が、向かいの西校舎と対をなします。
東京大学工学部列品館は、東京都文京区本郷の東京大学本郷キャンパスにある大正14年完成の鉄筋コンクリート造の建物で、平成10年に登録有形文化財となった。内田祥三による「ウチダゴシック」の最初の建物である。
東京大学大講堂(安田講堂)は、東京都文京区本郷の東京大学本郷キャンパスにある大正14年完成の鉄筋コンクリート造の講堂で、平成8年に国の登録有形文化財の第1号として登録された。内田祥三の設計である。
虎ノ門大坂屋砂場店舗は東京都港区虎ノ門の交差点の角地に建つ大正12年(1923年)の木造2階建の店舗で、登録有形文化財。隅を斜めに削ったL字形の構えに千鳥破風を飾り、町のランドマークとして親しまれている。
中江店舗は東京都台東区日本堤にある大正13年(1924年)の木造2階建の店舗で、登録有形文化財。土手通りに西面し、熨斗瓦を高く積んだ切妻造の建ちの高い表構えをもち、2階の欄間には松竹梅と桜の組子をあしらう。
文京区根津の日本基督教団根津教会は、大正8年に建てられたと伝わる木造平屋建て切妻造の礼拝堂。北西隅に玄関、北東隅に聖壇を置く非対称の平面と、トンガリ屋根の角塔が特徴。平成13年(2001年)登録有形文化財。
文京区根津の日本基督教団根津教会門及び塀は、敷地の北辺を区切る大正期の煉瓦造の門と塀。会堂側の塀を低く抑えて妻面を見せ、玄関側に3本の門柱を立てる。間口3.6m、塀延長7.8m。平成13年(2001年)登録。
文京区本郷の日本基督教団弓町本郷教会は、中村鎮が考案した中村式鉄筋コンクリートブロック造による大正15年の4階建て会堂。茶色の化粧ブロックと半円アーチ窓、角地の塔屋が特徴。令和3年(2021年)に国の登録有形文化財。
平野家住宅蔵は文京区西片にある大正11年(1922年)頃の煉瓦蔵。地下1階・地上2階建で、焼過煉瓦を覆輪目地で丁寧に仕上げ、窓庇をガラスで葺く。関東大震災前の住宅の蔵として貴重とされる。内部は非公開。
平野家住宅主屋は文京区西片にある大正10年(1921年)の木造2階建。住宅作家の先駆け保岡勝也による和洋折衷住宅の中心棟で、簓子下見の客間棟、造作や照明器具、縦長ガラスのガラス戸が残る。内部は非公開である。
平野家住宅茶室は文京区西片にある大正11年(1922年)頃の木造平屋建。四畳半に板床を備え、東側に月見障子を建て込んだ開放的な茶室で、『茶室と茶庭』を著した保岡勝也の設計。敷地の中ほどにあり非公開である。