全国の史跡名勝天然記念物
全国の史跡名勝天然記念物を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
東京から南へ約1,300km、小笠原諸島最南端に立つ標高916mの円錐火山島。人の定住を許さなかった45度の急峻な地形が、世界で唯一クロウミツバメが繁殖する原生の海洋島生態系を今も守り続ける、立入禁止の天然記念物。
府中市の熊野神社境内に残る武蔵府中熊野神社古墳は、下を二段の方形、上を円形に築いた珍しい上円下方墳。7世紀後半の武蔵を代表する首長墓で、七曜文の鞘尻金具が出土した。復元墳丘と無料展示館で内部の石室まで体感できる。
明治17年、東京大学の学生がこの一帯の貝塚で見慣れない壺形土器を掘り当てた。発見地の地名「弥生」がやがて土器の名となり、さらに弥生時代という時代名にまでなった。その出発点を示す、文京区の国指定史跡である。
栃木県大田原市湯津上、那珂川右岸の段丘に並ぶ上侍塚・下侍塚の二基の前方後方墳。4世紀後半の築造で、元禄5年(1692)に徳川光圀が命じた日本初の学術発掘調査の舞台となったことから、「日本考古学発祥の地」とも呼ばれる。
栃木県下野市にある下野国分寺跡は、聖武天皇が天平13年(741年)の詔によって建立した国営寺院の遺跡。東大寺式伽藍配置をとり、推定60メートルを超える七重塔の基壇や金堂跡が残る。1921年に国の史跡に指定された。
下野薬師寺跡は、栃木県下野市にある古代寺院の跡で、大正10年に国の史跡に指定された。7世紀末に創建されたと考えられ、東大寺・筑紫観世音寺と並ぶ三戒壇の一つとして東国仏教の中心となった。
栃木県那珂川町に残る奈良から平安時代の郡衙跡。1940年に出土した銅印が、長く「梅曽廃寺跡」と呼ばれた畑の正体を覆した。30棟超の建物跡を四区画に整然と配置した古代那須郡の役所遺構で、昭和51年に国の史跡に指定。
栃木県日光市の山腹に二社一寺が建つ日光山内は、1998年に国の史跡に指定され、翌年「日光の社寺」として世界遺産に登録された。勝道上人が766年に開いた境内には、国宝9棟をふくむ103棟の建造物が点在する。
日光東照宮への参道として植えられた杉並木。松平正綱が20余年かけて植樹し、慶安元年(1648)に寄進した。特別史跡と特別天然記念物の二重指定は全国で唯一で、世界一長い並木道としてギネスにも認定されている。
宇都宮市の姿川右岸の段丘にある縄文時代前期の集落跡。中央の広場に339基の墓壙が並び、これを竪穴住居や全長23メートルの大型建物が環状に囲む。墓から玦状耳飾や玉類が出土し、葬送と儀礼の場だったと考えられている。
大神神社境内は、本殿を設けず三輪山全体を神体山とする信仰のかたちと山麓の祭祀遺跡が評価され、昭和60年(1985年)に国の史跡に指定された。山中に磐座や禁足地を抱え、三輪山への登拝は狭井神社で受け付けている。
奈良県天理市の山裾に広がる「大和古墳群」は、ヤマト王権の黎明期、3世紀後半から4世紀前半に築かれた24基の古墳群です。なかでもノムギ古墳・中山大塚古墳・下池山古墳の3基は、平成26年(2014年)に国の史跡に指定されました。前方後円墳と前方後方墳が混在する特異な構成、特殊器台や大型仿製内行花文鏡など貴重な出土品、そして山の辺の道沿いののどかな景観――古代日本の国家形成の現場を、いまも感じることができる場所です。
奈良県・大峯山系の弥山と八経ヶ岳の鞍部に広がるオオヤマレンゲ自生地は、1928年に国の天然記念物に指定されました。標高約1,800mの原生林の中で、6月下旬から7月中旬の梅雨に芳しい白花を咲かせ、「天女花」とも呼ばれる日本固有亜種の貴重な群落です。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」とも重なる神秘的な山岳ルートで、修験道の歴史と稀有の植物相に出会える聖地です。
奈良市の春日大社本殿東側、御蓋山中腹に広がる約9.3ヘクタールのナギ純林。大正12年(1923年)に国の天然記念物に指定された。千年以上前に神木として植えられたナギが、アレロパシーと鹿の食害忌避によって稀有な純林を形成している。
奈良盆地中央に広がる弥生時代の大規模環濠集落跡。1937年の唐古池発掘で木製農耕具や土器が出土し、弥生研究の原点となった。1994年には絵画土器をもとに高さ12.5mの楼閣が復元され、史跡公園のシンボルとなっている。
奈良県明日香村川原にある国指定史跡。天智天皇が母斉明天皇の菩提を弔うため建てたと伝わる飛鳥四大寺の一つで、一塔二金堂式の独特な伽藍配置と28個の大理石礎石が遺る。日本初の写経の地としても『日本書紀』に登場する古代の大寺院跡。
元興寺極楽坊境内は奈良時代の元興寺の僧坊跡として1965年に史跡に指定された境内。礎石の上に本堂と禅室が建ち、西南隅で講堂の基礎も見つかった。運び込まれた講堂・鐘楼の礎石と約1,500基の浮図田の見方を紹介。
奈良県明日香村に位置するキトラ古墳は、七世紀末から八世紀初頭に築造された二段築成の円墳である。漆喰を塗った石室には四神図・獣頭人身十二支像と東アジア最古の精密な天文図が描かれ、平成十二年に特別史跡、令和元年に壁画が国宝に指定された。
奈良県山添村の山あいに、唐招提寺金堂に匹敵する金堂跡をはじめ、精巧に加工された奈良時代の礎石が民家や畑のあいだに点在する。寺名を記す文献はなく、平城宮系の瓦が都との結びつきを示す国指定史跡。見学は自由で料金もかからない。
飛鳥の真弓丘に築かれた終末期の八角墳。一石を刳り抜いた二室の石槨をもち、斉明天皇と間人皇女の合葬陵とする説が有力とされる。隣には孫の大田皇女の墓とみられる越塚御門古墳。白くよみがえった墳丘が令和四年に公開された。