江戸
Edo江戸時代(1603 – 1868)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
京都府の八坂神社が所有する平安から江戸の古文書で、名称は2,205通、員数欄は89巻・40冊ほかとする。神社所有分と建内氏旧蔵分の二つが合わさっている。平成2年(1990年)に重要文化財へ指定された。
京都府京都市の竜光院が所有する茶碗で、明治41年(1908年)に重要文化財、昭和26年(1951年)に国宝となった。両者のあいだには43年の開きがある。同じ名の物件が、重要美術品としても記録されている。
文化庁が所有する江戸時代の絵巻6巻で、ト書に画は俵屋宗達筆、詞は烏丸光広筆とある。第三巻の断簡は国が買い取ったものであり、別の物件として記録されている。昭和27年(1952年)に重要文化財へ指定された。
広島県東広島市西条本町にある江戸時代の土蔵1棟である。窓の鉄格子銘から1836年の建築とわかり、地域に現存する土蔵では最古とされる。市は市の史跡の構成の一つに挙げる。平成29年(2017年)に登録された。
高知県須崎市浦ノ内奥浦東分にある江戸時代の社殿2件である。文化財の少ないこの地方に残っていること自体が貴重なものであるとされている。昭和28年(1953年)に重要文化財へと指定された2件の社殿である。
埼玉県熊谷市の妻沼聖天山歓喜院の聖天堂と貴惣門。聖天堂は享保5年(1720年)に発願し民衆の寄進で建てた権現造で、奥殿の極彩色の彫刻が評価され平成24年(2012年)に国宝となった。貴惣門は重要文化財。
三重県津市一身田町にある江戸時代中期の仏堂1棟である。外観は禅宗様だが、内部の平面のほうは真宗本堂に一般的な形を保っている。昭和36年に重要文化財、平成29年(2017年)に国宝へと指定された1棟の仏堂。
三重県津市一身田町にある江戸時代中期の仏堂1棟である。桁行も梁間も9間で、ここまでで最も大きい正方形の平面をとっている。昭和36年に重要文化財、平成29年(2017年)に国宝へと指定された1棟である。
三重県松阪市白粉町にある江戸時代の本堂1棟である。同じ名の重要文化財が大阪府にほかに二つある。享保元年の松阪大火のあとの再建にあたり、昭和63年(1988年)に重要文化財へ指定された1棟の本堂である。
三重県伊賀市上野丸之内にある江戸時代の藩校の遺構。文政4年(1821年)に伊勢津藩10代藩主藤堂高兌が藩校有造館の支校として建て、昭和5年(1930年)11月19日に国の史跡に指定された。現在は一般公開。
三重県伊勢市神田久志本町の神宮徴古館が保管する江戸時代の資料11点である。内訳が面・旒・巻・冊という四つの単位で数えられている。羊皮紙の航海図を含み、昭和57年(1982年)に重要文化財へ指定された。
元文元年(1736年)の隨神門から宝暦3年(1753年)の惠毘壽社及び透塀まで、富士講の村上光清らの寄進で郡内大工が建てた拝殿及び幣殿・神楽殿・手水舎など8棟。地方的特色の顕著な社殿として平成29年に重要文化財。
山梨県南巨摩郡富士川町鰍沢にある江戸時代の油蔵1棟である。3室のうち2階があるのは南端の一室だけで、他は吹き抜けている。閉鎖的だが正面腰壁をなまこ壁とする。平成11年(1999年)に登録された1棟である。
山梨県南巨摩郡富士川町鰍沢にある江戸時代の塩蔵1棟である。2室のうち西の一室を塩蔵としたためその名があり、東の一室は階段のある物置だった。全体に簡素な意匠とされる。平成11年(1999年)に登録された。
山梨県南巨摩郡富士川町鰍沢にある江戸時代の文庫蔵1棟である。敷地の北側角地に建ち、塩蔵と新座敷の位置はこの蔵から示される。内部は上下とも1室で、標準的な造りとされる。平成11年(1999年)に登録された。
山梨県南巨摩郡富士川町鰍沢にある江戸時代の店蔵1棟である。1階を店舗、2階を居室とする土蔵造で、道路拡幅のため昭和35年(1960年)に曳き屋された。平成11年(1999年)に登録された1棟の店蔵である。
山梨県の久遠寺が所有する南宋時代の絵画1幅で、金地院の秋景冬景2幅とともに一組だったと記される。三幅は所蔵先が分かれており、同じ日に別々の物件として指定された。昭和30年(1955年)に国宝へ指定された。
滋賀県大津市の比叡山延暦寺にある寛永17年(1640年)再建の仏堂で、桁行11間、梁間6間。板敷の外陣に対し内陣は約3メートル低い土間の石敷で、密教建築の基本的形式を残す。昭和28年に国宝へ指定された。
滋賀県大津市坂本一丁目にある客殿1棟である。大津市の記録は見出しで17世紀後半、本文で17世紀前半とする。南面が入母屋造、北面が切妻造であり、平成5年(1993年)に重要文化財へ指定された1棟である。
滋賀県近江八幡市安土町石寺の繖山にある江戸時代の門1棟である。寸法が面積ではなく間口2.2メートルで示されており、同じ寺の7棟のなかでは最も古い門になる。令和3年(2021年)に登録された1棟である。