鎌倉
Kamakura鎌倉時代(1185 – 1333)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
元弘四年(1334年)二月、備前長船の名工景光が打った刃長73.3センチの太刀で、晩年の典型作。重要文化財だが現在は所在不明で、文化庁の所在不明文化財一覧に載る。本記事では作風と来歴、関連作を見られる場所を紹介する。
備前長船の名工・長光が正安二年(一三〇〇年)に鍛えた在銘の太刀。刃長七七・三センチ、生ぶ茎を保ち、腰に三鈷剣と梵字を彫る鎌倉期の重要文化財。現在は所在の確認できない指定品とされ実物は観られず、同工の作を観る手立てもあわせて案内する。
東京都内に個人蔵される重要文化財の太刀。茎に「正恒」の二字銘を残す。正恒は古備前を代表する名と伝わるが、現存作には作風の差があり同銘工が複数いたと考えられている。本作は鎌倉時代に位置づけられ、昭和25年に指定された一口である。
備中国の青江派・守次が鎌倉時代に鍛えた太刀。小板目に澄肌の交じる地鉄と穏やかな中直刃を備えた古青江の典型作で、裏には箱根権現への奉納を示す「壬子」の金象嵌銘が残る。昭和25年に重要文化財へ指定された、東京都の個人蔵の一口である。
鎌倉時代中期、備前国の福岡一文字派・刀匠吉平が鍛えた国宝の太刀。紀州徳川家伝来で、華やかな丁子乱れの刃文と菊花御紋の毛彫りが特徴。刃長73.8cm、反り2.9cmの堂々たる姿は、日本刀美の極致を伝えます。
鎌倉時代中期、備前国の名工・吉房が鍛えた国宝の太刀。徳川将軍家から島津家へ伝来した名刀の歴史と、華麗な重花丁子の刃文の魅力、吉房作品を鑑賞できる施設をご紹介します。
鎌倉時代後期、山城国・来派の代表工である来国俊が鍛えた国宝太刀の魅力を紹介。直刃の名手が稀に見せた乱刃の傑作の見どころ、来派の歴史、東京で日本刀を鑑賞できるスポットを解説します。
東京国立博物館所蔵の重要文化財・短刀〈銘国光〉の魅力を紹介。相州伝の創始者であり正宗の師として名高い新藤五国光による鎌倉時代の名刀の歴史・見どころ・鑑賞ポイントを解説します。
正宗十哲の一人・来国次が鍛えた国宝短刀の魅力を紹介。来派と相州伝が融合した華やかな作風、紀州徳川家伝来の歴史、鑑賞のポイントや展示情報を詳しく解説します。
東京都内に伝わる「南部家文書」は、八戸南部家(のちの遠野南部家)に伝来した中世文書243通からなる国指定重要文化財です。鎌倉時代から江戸初期までの文書がすべて未表具のまま伝わり、北畠顕家・顕信兄弟の国宣・御教書や曽我文書を含むなど、南北朝時代の奥州の政治情勢を立体的に伝える貴重な史料群です。
南宋の禅僧・虚堂智愚の筆になる重要文化財の墨蹟。蠟を引いた料紙に書かれた点が指定名称に掲げられた特色である。大徳寺の法系の祖師として、虚堂の書は茶席の掛物の第一に重んじられた。昭和十四年に旧国宝へ指定。東京都内の個人蔵で常設公開はない。
東京都の個人が所蔵する重要文化財「新身来国光」は、鎌倉時代末期の山城・来派を代表する刀工来国光が鍛えた平造の脇指。身幅広く重ねの厚い堂々とした姿で享保名物帳に載り、会津藩主保科正之から徳川将軍家へと伝わった一口である。
病草紙〈白子〉は、後白河院周辺で描かれた12世紀末の絵巻から寛政8年に最も早く分かれた一図である。生まれつき色素を欠く人を描き、昭和13年に重要文化財に指定された。現在は東京の個人蔵で常設公開はない。
東京・京橋のアーティゾン美術館が所蔵する重要文化財。平治の乱を描いた平治物語絵巻の一巻で、常盤御前の都落ちから経宗・惟方の断罪、源頼朝の配流までを五段に描く。著名な国宝諸巻とは別系統・別種の作とされ、彫塗による丁寧な彩色に特色がある。
浄土宗の祖・法然の生涯を描いた九巻本『拾遺古徳伝』の巻第八。詞書は親鸞の曽孫・覚如が正安三年に起草し、従来の伝記が省いた法然と親鸞の師弟の絆を細やかに記す。鎌倉時代のやまと絵による重要文化財で、東京の個人蔵。
東京国立博物館に寄託される紙本著色紫式部日記絵詞は、鎌倉時代に描かれた絵巻の一巻で、現存する四巻のうちの一つ。源氏物語の作者・紫式部の日記の後半を絵画化し、敦良親王の五十日の祝儀などを描く個人蔵の重要文化財である。
東京国立博物館に伝わる青磁牡丹文水注は、15世紀初の明時代に中国・龍泉窯で焼かれた天龍寺青磁の典型作。深い緑色の釉と牡丹文の彫りが美しい重要美術品の魅力をご紹介します。
淡路国大田文は、承久の乱直後の貞応2年(1223年)に作成された淡路国の土地台帳の原本です。執権北条泰時の命により守護長沼宗政が指揮し、淡路国二郡の荘園・公領の田畠面積と地頭配置を詳細に記録しています。現存する大田文21種のうち、鎌倉時代作成当時の原本として極めて珍しく、重要文化財に指定されています。
奈良市の般若寺に立つ笠塔婆は、弘長元年(1261)に石工の伊行吉が父母のために建てた花崗岩の石塔二基。東大寺再建に渡来した父・伊行末の一族の作で、紀年銘をもつ基準作例として明治42年に重要文化財に指定された。
奈良県の個人が所蔵する重要文化財、孔雀文磬。承元二年(一二〇八年)の鋳出銘をもつ鎌倉時代の銅磬で、八葉複弁の撞座の左右に向かい合う孔雀を配す。翌年につくられた国宝・孔雀文磬と同工と見られる、在銘の貴重な基準作である。