東京都・江戸

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東京都 の江戸時代(1603 – 1868)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。

612 件 東京都 江戸時代 1603 – 1868
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瀬戸耳付水指
東京都 江戸
瀬戸耳付水指

東京国立博物館に所蔵される登録美術品「瀬戸耳付水指」をご紹介します。江戸時代17世紀後半から18世紀にかけて瀬戸窯で焼かれた茶陶の水指で、筒形の胴の左右には竹をかたどった愛らしい耳が付いています。鉄釉の上に灰釉を流し掛けることで生まれる穏やかな景色と、漆塗りの塗蓋が伴う希少な江戸期瀬戸茶陶の魅力を、見どころ・基本情報・周辺案内とともに丁寧に解説します。

手鑑(二百九十二葉)
東京都 奈良~江戸
手鑑(二百九十二葉)

東京国立博物館に保管される登録美術品「手鑑(二百九十二葉)」は、江戸幕府御用絵師の住吉弘貫が文久元年(1861)に仕立てた古筆手鑑です。奈良時代から江戸時代に至る古筆切292葉を収め、大聖武・烏丸切・東大寺切・高野切・中院切など名物切を多数含む格の高い名品をご紹介します。

和歌散書花鳥図屏風 松花堂昭乗筆
東京都 江戸
和歌散書花鳥図屏風 松花堂昭乗筆

「寛永の三筆」松花堂昭乗が四季の花鳥を描き、十六首の和歌を散らし書きした六曲屏風一双。金銀の砂子が彩る幻想的な画面に、狩野派や中国花鳥画の影響を受けた細密な筆致と流麗な書が融合した、松花堂芸術の真髄を伝える登録美術品です。

絹本著色秋野牧牛図
東京都 南宋
絹本著色秋野牧牛図

絹本著色秋野牧牛図は、泉屋博古館が所有する伝閻次平筆の南宋時代(13世紀)の画で、昭和32年に国宝に指定された。紅葉の木陰で水牛と牧童がくつろぐ様子を描き、宮廷画にふさわしい風格と叙情性をそなえる。

馮子振墨蹟〈画跋〉
東京都 元
馮子振墨蹟〈画跋〉

東京国立博物館に寄託される国宝「馮子振墨蹟〈画跋〉」は、北宋の画家易元吉の草虫図巻に元の文人馮子振が記した跋文。絵は失われ書のみが残る。切断を戒めた千利休添状が附指定され、横幅約120センチの原形をとどめる。

旧江戸城外桜田門
東京都 江戸中期
旧江戸城外桜田門

旧江戸城外桜田門は東京都千代田区皇居外苑に建つ重要文化財。現存する江戸城の門で最も広い枡形をもち、安政7年の桜田門外の変の現場となった。大正15年と平成25年の修理を重ね、夜は午後9時まで照らされる。

旧江戸城田安門
東京都 江戸前期
旧江戸城田安門

旧江戸城田安門は東京都千代田区北の丸公園に建つ重要文化財の枡形門。高麗門の扉釣金物の刻銘から寛永13年の建立と分かり、江戸城の総構完成期にさかのぼる現存唯一の建物とされる。櫓門の上階は昭和36〜41年度の修理による復旧。

護国寺本堂
東京都 江戸中期
護国寺本堂

護国寺本堂は東京都文京区大塚の護国寺にある元禄10年(1697年)の観音堂で、重要文化財。5代将軍綱吉の命で建立され、七間四方の入母屋造・銅板葺に三間の向拝を付ける。本尊は桂昌院の念持仏と伝わる秘仏の如意輪観音である。

小林家住宅(東京都西多摩郡檜原村)
東京都 江戸中期
小林家住宅(東京都西多摩郡檜原村)

東京都檜原村、標高約750メートルの尾根に建つ茅葺の山岳民家。18世紀前半の入母屋造で、昭和53年に重要文化財に指定された。2008年まで人が住み、保存修理で創建時の姿に復原された。専用モノレールで訪ねる。

浅草寺伝法院
東京都 江戸後期
浅草寺伝法院

浅草寺伝法院は東京都台東区浅草にある浅草寺の本坊で、安永5年(1776年)の客殿、翌年の玄関と明治・大正期の書院群・台所の6棟が重要文化財。江戸の市中で近世にさかのぼる希少な大寺院本坊の建築として残る。

浅草寺二天門
東京都 江戸前期
浅草寺二天門

浅草寺二天門は東京都台東区浅草の浅草寺にある慶安2年(1649年)頃の八脚門で、重要文化財。境内にあった東照宮の随身門と伝わり、明治に二天門と改められた。三棟造の天井と、二種の赤の塗り分けが特徴である。

旧台徳院霊廟惣門
東京都 江戸前期
旧台徳院霊廟惣門

旧台徳院霊廟惣門は、二代将軍徳川秀忠の霊廟の表門として寛永9年に建てられた三間一戸八脚門。霊廟の大半は昭和20年の空襲で焼失し、四つの門のうちこの惣門だけが芝公園の現地に残る。仁王像を伴い、背後に東京タワーが立つ。

旧宮崎家住宅(旧所在 東京都青梅市成木)
東京都 江戸末期
旧宮崎家住宅(旧所在 東京都青梅市成木)

東京都青梅市駒木町の郷土博物館構内に建つ旧宮崎家住宅は、江戸末期の農家建築。昭和53年に重要文化財となり、成木の山中から移築復元された。杉皮と茅を交互に葺く屋根と三間取広間型の間取りが残る。入館は無料。

有章院(徳川家継)霊廟二天門
東京都 江戸中期
有章院(徳川家継)霊廟二天門

有章院霊廟二天門は、7代将軍徳川家継のために吉宗が造営させた将軍家最後の霊廟の惣門で、享保2年の建立。昭和20年の東京大空襲で霊廟のほとんどが焼失するなか焼け残った。総朱漆塗の八脚門に、広目天と多聞天の二天像が立つ。

新井家住宅内蔵
東京都 江戸
新井家住宅内蔵

東京都調布市入間町の新井家住宅内蔵は、主屋の座敷裏手に蔵前座敷をはさんで接する江戸末期の旧文庫蔵。桁行3間・梁間2間の土蔵造2階建で、切妻造の置屋根、土壁の鉢巻、西妻の土戸を残す。平成26年(2014年)登録。

新井家住宅主屋
東京都 江戸
新井家住宅主屋

東京都調布市入間町の新井家住宅主屋は、屋敷林に囲まれた敷地の中央に南東を向いて建つ江戸末期の木造平屋の農家。寄棟造の茅葺を鉄板で仮に覆い、右手の土間と床上5室の間取りをもつ。平成26年(2014年)に登録有形文化財に登録。

石川酒造長屋門
東京都 江戸
石川酒造長屋門

東京都福生市熊川の石川酒造長屋門は、江戸末期の木造平屋建の長屋門で、石川家が熊川で酒造りを始める前の屋敷構えを残す。入母屋造・銅板葺で中央に門口、左右に部屋をもち、正面の軒だけを出桁造として深く張り出す。

石川酒造文庫蔵
東京都 江戸
石川酒造文庫蔵

東京都福生市熊川の石川酒造文庫蔵は、内部の階段の墨書から文久3年(1863年)の建築で、もとは宝蔵とわかる土蔵造2階建の蔵。桁行6.3メートルと小さいが上質なつくりで、6件で唯一「造形の規範」として登録された。

御嶽神社水行堂
東京都 江戸
御嶽神社水行堂

御嶽神社水行堂は東京都大田区北嶺町の御嶽神社の境内西方に建つ慶応3年(1867年)ごろの水垢離のための堂で、登録有形文化財。井戸をもち、三間四方の内部を前後二室に区切る。正面に花頭窓を開け、頭貫の上に龍の彫刻欄間をはめて飾る。

寛永寺葵の間
東京都 江戸
寛永寺葵の間

慶応四年、最後の将軍徳川慶喜が江戸城を出て二か月を過ごした書院が葵の間。十畳と八畳からなる質素な座敷で、下地窓や地袋棚に数寄屋風の趣を添える。徳川の世が終わった場が今も保たれている。